2章 33. いい加減黙れ貴様ら!

 イーとの戦闘のため別行動をしていたイルが、戻ってきたと思ったら訳の分からないことを言い出した。


 敵であるゴブリン達と同盟を結んだと言うのだ。


 一体どういう経緯でそうなったのか詳しく聞きたいところだが、今はそれどころではない。


 彼らは今、騎士達を前にして戦いはまだかと、目が血走っている。




「落ち着けイル。今は俺が騎士達と話している最中で、もう少しのところまで来てるんだ」




「む、そうなのか?我は今からでも全滅させて構わんのだが」




「それはダメだ!人間はここにいる騎士だけじゃないんだぞ。ここで勝ってもすぐに何十倍もの全力で仕返しに来るに決まってる!」




「そ、そうなのか……。分かった、ならばここは灯に任せるぞ」




「ああ、任せてくれ」




 どうにかイルを説得させることに成功した俺は、再度騎士達の方へと目を向けた。


 これらは剣と盾を構えて震えながらも、魔獣達と戦う腹の様子だ。


 戦いの火蓋が切られる前に、何としても止めなくては。




「騎士の皆さん、聞いてください!あそこにいるゴブリンの先頭に立つ巨大なゴブリンこそが、そこのジェリアンが生み出した魔獣なんです!」




「何を馬鹿なことを……」


「そんなこと有り得るわけがないだろうが!」


「戯言も大概にしろ!」




 俺の言い分を騎士達は全く信じようとしない。


 そんな時、ゴブリン達の先頭に立つイーが1歩前に出た。


 騎士達はその行動に一掃警戒を強めるが、イーはそんなことはお構い無しに口を開く。




「イヤ、ソコノニンゲンノイッタコトハホントウダ。オレハソコニイル、アルジニヨッテウミダサレタ」




 イーはそう語りながら、主であるジェリアンのことを指さした。




「うおぉっ!」


「ま、魔獣が喋ったぞ!?」


「どういうことなんだ!?」




 魔獣が言葉を話すことに驚いた騎士達に、動揺が走った。


 今なら騎士達も混乱しているし俺の話を聞いてくれるかもしれない。押すなら今だな。




「こうして本人も行っている通り、全ての元凶はジェリアンにあるんです。彼の名前はイーと言うのですが、イー自身も実験に利用された犠牲者なんです。彼はジェリアンに利用されただけなんだ」




「ソウダ、オレハアルジノメイレイニ、シタガウホカナカッタ。ダガ、ホカノマジュウタチノオカゲデ、ショウキニモドッタンダ」




「ちっ、適当なことを……!」




 俺達の話を聞いたジェリアンは、鬼のような形相で俺を睨み、剣を突きつけてきた。




「騎士達よ、全てあの人間の企てたものに過ぎない!騙されるでないぞ!」




「ふざけるな!この期に及んでそんな言い逃れが通るかよ!」




「黙れ!悪人の言うことなど誰が信じるか!」




「このっ……!」




 ジェリアンのいつまで経っても認めないその頑固さに、俺も頭に血が上って声が荒くなる。


 こうなったらとことん言い争いを続けようかと一瞬思ったところで、突然雷が落ちた。




「いい加減黙れ貴様ら!」




 その雷とは、エルフルーラの一喝である。




 彼女の声は全体に響き渡り、一瞬本当に雷が落ちたのか錯覚してしまっほどだ。


 エルフルーラさんは、皆が静かになったのを確認すると、ようやく次の言葉を発した。




「灯君の言うことは筋も通っている。実際に喋るゴブリンも現れた。これだけ証拠があるのだから、調べもせずに彼らを悪と断定することは私が許さん!貴様らも騎士なら己の信念と誇りを持って行動しないか!」




「「「は、はっ!」」」




「よろしい!では、ジェリアン隊長以下数名の騎士は調べが済むまで留置所に連行しろ!」




「「「はっ!」」」




 エルフルーラさんの発した命令を皮切りに、騎士達が慌ただしく一斉に動きだした。


 ジェリアンの部下と思しき騎士は即座に拘束され武器を押収されている。




「す、凄いな、エルフルーラさん……」




「うん、皆をあっという間に従わせた」




「あ、あの騎士なかなかやるわね」




 エルフルーラさんの迫力に、魔人までもが瞠目していた。


 これがエルフルーラさんの、隊長としての隊長としての風格なのか。


 実に恐ろしい。


 今後、絶対に彼女は怒らせないようにしよう。




「さぁ、ジェリアン隊長も武器をこちらに」




「……」




 変なことを心に誓っていると、いつの間にかエルフルーラさんがジェリアンから、装備を押収しようとしている。




「ふぅ、何とか収められたか――ってうおっ!」




 しかし、これで一件落着かと思って、全体の気が一瞬緩んだ隙を突かれ、ジェリアンが動いた。


 彼は鎧で身体を強化すると、瞬く間に俺に肉薄してきたのだ。




「悪いな、こうなってしまったら貴様らを殺して、全て闇に葬らせてもらう!」




「し、しまった!逃げろ灯君!」




「遅い!」




 エルフルーラさんの声が聞こえた時には、もうすでにジェリアンは剣を振り下ろしていた。


 これではもう避けるのも間に合わない。




「死――」




「はぁ、全く最後まで面倒な人間ね……」




「ご主人様、大丈夫?」




 死んだかと思った次の瞬間には、ジェリアンは全身を泥と枝に包まれて、身動きが取れなくなっていた。、


 どうやらドロシーと森の魔人が、俺を助けてくれたらしい。




「んんー!んー!」




「もううるさいから黙ってなさい」




 ジェリアンは口まで塞がれて、もがく声が聞こえるだけだった。


 その目は充血して、俺や魔人達を睨んでいる。




「あ、危なかった……。ありがとうドロシー、森の魔人。助かったよ」




「うん」




「ふふっ、これくらい当然よ!」




 ドロシーはいつも通り無感情な返事だったが、それと対照的に、森の魔人は妙に明るくニコニコしていた。


 最初に会った頃との態度とは大違いで、違和感が凄い。


 その理由は気になるが、まぁそれはひとまず置いておこう。


 ジェリアンも無事拘束出来たし、これで今度こそ一件落着だ。


 騎士達がジェリアンを連行する直前、エルフルーラさんが俺の元へとやってきた。




「すまないな灯君、君には苦労をかけたよ」




「いえ、エルフルーラさんがいなかったらどうなっていたか分かりませんし、おかげで助かりました」




「そう言ってもらえると助かるよ。その上で君に1つ頼みたいことがあるんだが、いいか?」




「ええ、何ですか?」




 エルフルーラさんは、声のトーンを1段下げてそう言ってきた。


 どんな頼みか知らないが、彼女には助けられた恩もあるのだから、出来るだけ応えたいとは思う。




「ジェリアン隊長の部屋などを調査する間、そこのゴブリンを君に見ていてほしいんだ。我々だと手に負えない可能性もあるし、どうやら君達は敵同士ではなさそうだからな」




「あー、なるほど。まぁ敵か味方かはよく分かりませんが、でも分かりました。エルフルーラさんの方の調査が終わるまでは俺が見ておきますよ」




 正直イルがどうやってイーを味方に加えたのかなど、気になることは山ほどある。


 そうなると、俺としてもこの提案はありがたいかもしれない。




「すまんな、面倒をかける。では我々は支部へと戻るので、ここで一旦お別れだ」




「はい、お気をつけて」




 話も済んでエルフルーラさんはこの場を去ろうとしたところで、ゆっくりと振り返ってきた。


 その彼女の目は、明らかに何かを疑うような視線で。




「……今回は迷わないだろうな?」




「大丈夫ですよ。案内役の仲間もいますので」




「ならいいが、気をつけるんだぞ」




「はい!」




 エルフルーラさんの眼光は鋭いものであったが、最後には柔らかな笑みになって、騎士達と共にこの場を去って行った。


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