2章 16. ゴブリンなんて楽勝

 捻れた枝の槍が、ドロシーの腹部を貫いた。


 血は出ていない。貫かれた箇所から泥の飛沫が舞うだけだ。




「ぬうっ」




「ドロシー!大丈夫か!?」




「うん、平気」




 ドロシーの声音は重くなっていたが、それでもまだ余裕はありそうだった。


 致命傷ではないようでひと安心した。




「しぶといわね、これならどう!?」




「うぐっ!」




 森の魔人は突き刺した枝を四方八方に炸裂させ、ウニのような針山でドロシーを爆散させた。


 ドロシーの跡形もなく消し飛んでしまった。


 残るのは無数の棘に滴る泥だけ。




「お、おい……、ドロシー……?」




「ふぅ、ようやく消し飛んだわね」




 ドロシーがやられた。


 彼女はこれまで全く苦戦した様子も見せてこなかったのだ。


 だから今回も難なく勝てるだろうと思い、気が抜けていた。


 だが、実際ドロシー自身も戦闘中はかなり余裕があったのも事実で、それを見て俺も負けはしないだろうと油断した。


 その結果、ドロシーは消し飛んでしまった。




「このっ、よくもドロシーを……ん?」




 俺は怒りに身を任せ、森の魔人に飛びかかりそうになった。


 しかし、周囲に散った泥の異変に気づき、俺は動きを止めた。




 ゴポゴポゴポゴポ




「な、何よこれ!?」




 周囲の地面に散った泥や、枝の隙間に染み込んだ泥が1箇所に集まっていく。




「きゃっ、ちょ、やめてよ!」




 泥は森の魔人の伸ばした腕を流れるように伝い、あっという間に彼女の体にまとわりついて拘束した。




「どうなってんだ?」




 森の魔人にまとわりついた泥は、ぶくぶくと形を変化させ、いつの間にかドロシーへと元に戻った。




「やっと油断した」




「ぐ、このっ、こんなの卑怯じゃない!」




「醜い負け惜しみ」




「何ですって!?」




 ドロシーに完全に拘束され、身動きを取れなくなった森の魔人は、元の小さな少女の姿に戻った。


 ドロシーと口喧嘩まで始めたところを見ると、どうやら負けを認めたみたいだ。


 一瞬ドロシーが死んでしまったのかと思いヒヤッとしたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。




「無事で良かったよ」




「平気って言ったでしょ。それよりご主人様、この後はどうする?」




 ドロシーは余裕の笑みで俺を見てきた。


 ドヤ顔がムカつくが、問題ないようで安心した。




「ああ、それじゃゆっくり話でもしようか、森の魔人」




「ふん、人間ごときと話すことは無いわよ」




 ドロシーに拘束させたまま、森の魔人に目を向けたが、彼女は俺を見下すような目で睨んできた。


 どうやら森の魔人は人間が嫌いなようだ。


 参った。理由は知らないが、これでは話も出来なさそうだ。




「負けたんだから言うこと聞いて」




「うぅっ、わ、分かったから、強くしないでよ!」




 と思っていたが、ドロシーのお陰で問題なく話を続けられそうだ。




「で?話って何よ」




「ああ、君達に協力を頼みたいんだ――」




 それから俺はイルとの話を全て、森の魔人に伝えた。




「ふーん、それで私達の力を借りたいわけね」




「そうだ、あんたも森が脅かされると困るだろ?だから頼むよ」




「嫌よ」






 俺は森の魔人に全てを説明した上で再度頼み込んだが、即答で断られた。




「なぜだ?」




「あんた達の力なんか借りなくても、私達だけで対処できるし、あなた達の縄張り争いに関わる気わないわ」




「人のすることを甘く見ない方がいいぞ?」




 俺はこの世界と関わってから、すぐ戦いに引き込まれた。


 クウを救うため魔法使いと戦い、何度も死ぬんじゃないかと思ったこともあった。


 だからただ、そのことを忠告しようとしただけだ。


 しかし、それは森の魔人の逆鱗に触れることになった。




「っ!うるさいわね!そんなことあんたに言われなくても分かってるわよ!」




 俺は森の魔人に、恐ろしいほどの憎しみの眼で睨まれた。


 その眼の奥には、怒り、悲しみに苦しんでいる。




「悪かった。気に触ることを言ったみたいだな」




「ちっ、私は人間が大っ嫌いなのよ。いいわ、だったら私も人間に操られてるっていうゴブリン達は蹴散らしてあげるわ」




「そうか、ありがとう」




「勘違いしないで、私達は私達で勝手に動くだけよ。あなた達と協力なんてまっぴらごめんだわ」




 森の魔人もゴブリン達を食い止めることには賛成してくれた。


 しかし共闘はしてくれないようだ。あくまで自分達の身に降り掛かる火の粉を払うだけ。




「分かった、今はそれでいいよ。だが、協力することは大切だぜ。個々で戦ってたら必ず痛い目を見る。だからそうなる前に俺達を頼れよ」




「余計なお世話よ。話はそれだけならもう帰ってちょうだい」




「ああ、そうさせてもらうよ」




 完璧に仲間になったという訳では無い。しかし、それでも森の魔人と敵対する関係にならなかっただけよしとしよう。


 後はイル達と協力して、改造ゴブリンを倒しつつ、それを生み出した人間を見つけて仕留めれれば上出来だな。




「ドロシー行くぞ」




「うん」




 ともかく話すことは話したので、ドロシーに森の魔人の拘束を解かせて、俺達は帰った。












 ――












 森の魔人と話をした後の夜、宿に戻った俺達は現在部屋に備え付けられているテーブルを挟んで、ドロシーと向かい合って座っている。




「さてと、それじゃあ今後の俺達の行動について整理しておくぞ」




「うん」




「まず俺達の最終的な目標は、マイラの故郷へ行くために、迷いの森を突破することだ。で、それを達成するためには、幻惑魔法の対策が必須となる」




 自分自身でも再度確認するように、1つ1つ今後の目的を話していく。




「今日一緒にいたハチはダメなの?」




「確かにあのハチ達なら森を抜けられるかもしれないけど、彼らはイルの配下だからな。勝手なことをしたら、見捨てられて森をさ迷うことになる可能性があるんだよ」




「なるほど」




 森を突破するには、森に住む者の知識が必要だ。


 だから協力してもらう為には、向こうにも俺達が手を貸す必要がある。


 ギブアンドテイクの関係が大切って訳だ。




「俺達はイルに協力する為にゴブリンと対立することとなる」




「ゴブリンなんて楽勝」






「まぁゴブリンは弱いかもしれないが、それを裏で操る人間もいるらしいからな、それが厄介だ」




「むぅ……」




 ドロシーは以前人間に利用された経験があるからか、そういう悪事を働こうとする人間には、少々敏感になっている。




「なんでその人間が魔獣を生み出したりしてるのかは分からないが、俺達にとって敵であることは間違いないからな」




「じゃあ倒すの?」




「邪魔してくるならそうなるな。取り敢えずは、その人間の目的を知りたいから、今後は情報収集をメインにやっていこう」




「分かった」




 こうして、今後の行動指針を改めて確認した俺達は、今日もう休むことにした。




 翌日、知性のある魔獣の噂がないか、1番情報が集まりそうな冒険者ギルドへと赴いた。




「ここに情報があるの?」




「さあな、でも何か手掛かりくらいはあるかも知れない」




「ふーん、でもお腹空いたよ」




 ドロシーにとっては人間の企みや森の事情なんかよりも、自分の腹の空腹具合の方が気になるらしい。




「分かってるよ。ついでに何か依頼でも受けてまた森へ行こう」




「やった!」




「じゃあ行くぞ」




「うん!」




 若干浮かれ気分のドロシーと共に、冒険者ギルドで情報収集を始める。


 掲示板や依頼表に目を通し、受付のお姉さんにそれとなく話を聞いてみた。


 しかし、結果知性のある魔獣等の情報は一切無かった。


 イル達は敵視しているが、人にとってはそれほど問題になっていないのか、それとも単純に誰も遭遇してこなかったのか。




 どちらにしろここに情報は無さそうなので、後は森を調べるしかない。


 そう判断した俺は適当な依頼を受けた後、冒険者ギルドを後にしようとした。




「あれ、灯君じゃない。どう、順調にやってる?」




 が、そこで俺達はティシャさんと再会した。

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