2章 14. この森を支配する者

 イルの率いる虫魔獣と1晩を共にした俺達は、1度街へと帰ってきた。


 その際イルには泣きながら引き留められて、少し狂気的なものを感じたがどうにか振り切ることに成功した。




「ご主人様、これからどうするの?」




「そうだな、まずは冒険者ギルドに向かって昨日の依頼の報告をして、その後森の魔人を探しに行く」




「ふーん、分かった」




 森の魔人という単語にドロシーは少し反応したが、特に何か言うことも無く納得してくれた。


 物忘れの激しいドロシーだが、同じ魔人にはなにか思うところがあるのだろう。


 まぁそれも森の魔人に会えば分かることだ。今は追求しないでおこう。




 その後、特に問題もなく依頼達成の報告を済ませた俺達は、再び森の入口へと戻ってきた




「よし、じゃあ出発するか!」




「うん」




「クウ!」




「ガウガウ!」




「!」




「「「ブモォーー!」」」




 昨日はグラス達は宿で休んでいたが、今日は一応魔人と対面するのでフルメンバーで行く。


 移動もグラス達がいればかなり速くなるし、毎度毎度助けてもらってる。




「えっと、確かこれを首から下げとけばいいんだよな?」




 そう言って俺が懐から取り出したのは、樹液の詰まった袋だ。今朝イルとの別れ際に渡された。


 迷いの森は幻惑魔法が発生していて、俺達だけだと迷ってしまう。


 だからそうならない為の案内役として、イルから部下の魔獣を貸してくれることになった。


 この樹液袋は、その魔獣を呼ぶための目印になるらしい。




 実際樹液袋を首にかけて待っていると、5分程でイルの部下の魔獣がやってきた。


 案内役として来たのは、サッカーボールくらいの大きさのハチ3匹だった。


 見た目的には巨大なミツバチという感じだが、幻惑魔法にも耐性のある優秀な魔獣なのだろう。




「それじゃ君達案内頼むよ!」




「「「ジー、ジー!」」」




 3匹のハチに挨拶をすると、彼らは羽音を鳴らせて返事をして、早速出発しだした。


 ハチと言えばブン、ブン、ブンっていう音のイメージだが、こうしてじっくり聞いてみると全然違った。


 大きさが影響してるのかもしれないが。


 ともあれ、俺達もグラス達の背に乗り、ハチ達の後を追って森の中を進み出した。


 目指すは森の魔人のいる、森の深部だ。










 ――










 グラス達に乗って森を進み、はや30分が経過した。


 ここまではイルの縄張りだったので、魔獣と交戦することなく最短で来れた。


 しかし、ここから先は幻惑魔法の影響も出てくる、森の魔人の領域だ。


 殺されることは無いだろうが、どこから植物魔獣が出てくるか分からない。


 ここからは戦闘になる場面も増えてくるだろう。


 そう思い俺は気を引き締め直した。




 森の魔人の領域に入ると、早速森から無数の枝が俺目がけて伸びてきた。




「クウ、頼むぞ!」




「クアッ!」




 迫り来る枝は全てクウのワープによって容易く逸らした。


 しかし逸らした先から枝は伸び、再び俺の元へと迫ってくる。




「ク、クウッ!?」




 クウのワープはほとんど意味がなさそうだ。クウ自身もこの結果に少し驚いている。


 やはり魔獣は俺を狙っているようだ。




「くそっ、厄介だな」




「撃ち落とすよ」




 どう対策しようか悩んでいるところで、ドロシーが両手を突き出して泥弾を放ち、枝を片っ端から撃ち落としてくれた。


 次々と迫りくる枝を的確に撃ち落とすその光景は、シューティングゲームを見ている気分だった。




「って、そんなこと考えてる場合じゃねぇよ」




「なに?」




「い、いやなんでもないよ。こっちの話」




「そう……」




 ドロシーは怪訝そうな顔をして俺を見てきたが、特に追求することもなく、枝の方に意識を戻した。


 彼女の馬鹿な奴を見るような目線が気になったが、今はそれどころじゃない。


 現状ドロシーの泥弾のおかげで防げているが、枝を伸ばす魔獣の姿は未だに見えず防戦一方だ。




「この枝の狙いは俺なんだよな。ならもういっそ、あえて捕まって奴らの懐まで潜り込んでやるか……」




 このまま戦闘を続けても拉致があかなそうなので、あえて捕まることにした。


 クウ達はモンスターボックスに戻ってもらえばいいし、ドロシーだけなら俺が抱えても一緒に捕まえてくるだろう。


 ハチ達も悪いけど、一緒にモンスターボックスに入ってもらうか。




「よしそれでいくか。ハチ達も含めて全員モンスターボックスに戻ってくれ!」




 俺の掛け声で、立ち往生していた魔獣達が一斉にモンスターボックスに戻ってくる。


 ハチ達も特に抵抗はなく、モンスターボックスに入ってくれた。




「ドロシー、打落すのは止めて俺に掴まれ!」




「分かった!」




 最後にドロシーに声をかけると、彼女も泥弾を撃つのを止めて俺の方へと飛び込んできた。


 同時に無数の枝も俺の方へと伸びてくるが、ギリギリのところで俺はドロシーをキャッチした。


 その瞬間、俺とドロシーに枝が巻きついてきて、身動きが取れないまま森の奥深くへと引き摺りこまれていった。




「やっぱり予想通り狙いは俺だったか。殺されなくてよかったぜ」




「ご主人様、体張りすぎ」




 無茶をしたことで、ドロシーに叱られた。


 でも確かに、この枝の目的が俺を仕留めることだったら、俺は無残にやられていただろう。


 とっさの判断だったとはいえ迂闊すぎた。反省しなければ。




「ごめん、悪かったって。でもおかげで森の魔人の所まで行けそうだぜ」




「……うん、そうだね」




 森の魔人という単語を聞く度に、ドロシーは何か思い詰めたような顔をする。


 その理由は気になるが、でも今は聞かなくていいだろう。


 何を思っていようと、これからすぐに森の魔人と対面するのだから。


 今は上手く仲間に引き込むことだけを考えていればいいんだ。




「ぎゃっ!」




「うおっ、痛!つ、ついたのか……?」




 そんな考えごとをしていると、枝の動きは止まり地面に投げ出された。


 目的地についたのかと思い周囲を見渡すと、以前虫の魔獣達と出会った時のような開けた場所に来ていた。


 そしてそこには、色とりどりの様々な植物魔獣の姿があった。


 その全員が俺へと視線を向けている。


 どこが目なのか分かりにくい魔獣ばかりなのに、なぜか全員の視線が分かってしまうこの状況、非常に怖い。




「あ、さっき俺達を捕まえたのはあいつか」




 俺達を捕まえていた枝がスルスルと動いていたので、その先に視線を送ると切り株のような格好をした魔獣がいた。




「倒す?」




「いや、いいよ。この数だと返り討ちに会うだけだぞ」




「大丈夫、私ならいける」




「何だよその自信は。いいから今は大人しくしておくぞ」




「ちぇっ、分かった」




 どうもドロシーは交戦したそうな雰囲気だったが、宥めておいた。


 これから魔人と対面するのだろうから、諍いは起こしたくない。




「ふふ、上手く連れてこれたようね」




 ドロシーと話していると、先程の切り株の魔獣の後ろから、幼い少女のような高い声が聞こえてきた。


 その方向に目を向けると、森の影から1人の少女が歩いてきた。


 その少女は薄緑色の艶やかな髪を腰の辺りまで垂れ下げ、肌はほとんど外出していないかのように真っ白だった。


 服装は白を基調とした薄手のワンピースで、所々に花びらの柄がある。


 そして最も特徴的なの、頭に挿している拳代のガーベラのような形をした、真っ黄色な花だ。




 彼女は森から出てくると、俺達を捕まえた切り株の魔獣の上に乗り、肩幅に足を開き腰に手を当てて、偉そうに上から俺達を見下ろしてきた。




「聞きなさい私が森の魔人、この森を支配する者よ!」




 彼女は幼さのある高い声で、そう言い放った。


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