2章 12. 人間によって生み出された魔獣

「んん、さてこんな所で立ち話もなんだ。ゆっくり話せるところへ移動しようではないか」




 クウ達を引き剥がすと、イルはわざとらしく咳をして仕切り直した。




「い、いや、ここでいいよ」




 イルからは敵意のようなものも、攫おうとする意思も感じないが、まだ信用は出来ないので遠慮した。


 だが俺の言葉を聞いた途端、イルは悲壮感漂う絶望的な表情になった。




「な、なぜだ!?良いではないか!悪いようにはせんぞ!」




「えぇ……、でもまだ出会ってまもないし、イルがどういう人か知らないし……」




「べ、別にとって食おうという訳では無いぞ。我は、そ、そなたとの仲を、ふ、深めたいのだ!」




 イルは焦ったり頬を赤く染めたりと、表情をコロコロと変えながら必死になっている。


 そこに悪意は一切なく、ただ純粋に仲良くしたいという思いしか無さそうだ。


 これならマッシュベアの時のような無理矢理なことも無さそうだ。




「わ、分かったよ。じゃあとりあえずそこまで案内してくれ……」




「ああ!では早速ゆくぞ!」




 俺がその場所まで行くのを了承した途端、イルの顔がぱあっと明るくなった。


 蟲の王ということもあり口調は堅いが、素直な性格のようだ。








 ――










 こうして俺達一行は、イルの先導の元森を移動した。


 やってきたのは、樹齢1000年はありそうな超巨大な木の下の空洞だ。


 そのスペースは学校の教室くらいはあり、高さも10mくらいある。


 中はホタルのような魔獣達が照らしてくれてるので、そとよりも明るい。


 俺は案内されるままに、1本の倒木に腰掛けた。




「よく来てくれた、のんびりとくつろいでくれ!」




「は、はぁ……。てかなんでイルはそこに座るんだ?」




「ん?何か問題があるか?」




「いや、問題っていうか……」




 この広い空洞の中で、イルはなぜか俺の隣に座っている。


 しかも体をグイグイと押し付けてくるので、腕とかのトゲが少し痛い。




「クアッ!」




「ガウガウ!」




 と、そんな風にしていると、クウとマイラがまた怒りだしてイルに襲いかかろうとしだした。




「おちつけよお前ら!イルもクウ達が怒ってるしちょっと離れてくれないか」




「むぅ、仕方ないな。ここは寛大な我が引くとしよう」




 イルは渋々といった様子で、向かい側の倒木に移動した。


 そのおかげでクウ達も少し追いついてくれた。まだ警戒は解けてないようだが。




「それで、俺達に何の用なんだ?」




 いつまでもクウ達と睨めっこをしていたら、日が暮れるので俺がそう切り出すと、イルの表情が真剣なものになった。




「灯達よ、そなたらの力を貸してほしいのだ」




 そこからイルは、様々なことを話してくれた。




 まずこの迷いの森についてだが、現在この森は3つの勢力に別れているという。


 魔蟲王・イルの指揮する虫の魔獣。


 ゴブリンの群れ。


 森の魔人が支配する植物魔獣。


 この3つの勢力が互いに縄張りを持っているのだという。




 そうした話の中で、俺は魔人という単語が聞いて驚いた。




「この森には魔人がいるのか?」




「うむ。森の最深部、渓谷に近い所を森の魔人は縄張りとしておる」




「ここにいるドロシーも、実は泥の魔人って言うんだけど、何か関連してたりするのかな?」




 魔人という単語で連想するのはドロシーのことだ。


 しかし、彼女は何かと物忘れが酷く、色々と肝心な情報が抜けていることがある。


 だからもしドロシーと関係があるのなら、詳しく聞きたいところだ。




「ほう、そなたも魔人であったのか。しかし、我の知る魔人は森の魔人ただ1人だ。残念だが、魔人がどういう存在かまでは知らぬ」




「そ、そうか……。分かった話を続けてくれ」




「うむ」




 森の魔人という存在は気になるが、渓谷を目指している以上いずれ出会うこともあるだろう。


 だから今はイルの話の続きを聞くことにした。




 それからイルは、今森で起きている問題について話してくれた。


 この迷いの森では、3つの勢力は互いの縄張りには干渉しないという、暗黙のルールがあるらしい。


 しかし、最近になってゴブリンの群れがイル達の縄張りを荒らすことが増えたのだと言う。




 小競り合いなんかはしょっちゅうあるらしい。だが、ここ1ヶ月はゴブリンは大多数でイル達に攻めてくることが頻発している。


 その攻め方は明らかに、イル達の縄張りを乗っ取ることが目的の様な姿勢で、イル達も抗戦しているのだが、どうにも押され気味みたいだ。




「ゴブリン達が攻めてくることに心当たりはあるのか?例えばイル達がちょっかいを出したとか」




「心当たりなど上げればキリがないが、それはお互い様だからな。だが、大方の検討はついておる」




「そうなんだ、どんなの?」




 イルにはもう、原因の宛がついているそうなので、何気なくその詳細を聞いた。




 だが、その内容は俺の度肝を抜くものだった。




「ああ、恐らくだが今回の件の裏には、人間が関わっておる」




「え、人間!?」




「そうだ、恐らくゴブリンどもは人間に操られておるのだろう」




「そ、その根拠はあるのか……?」




 人間がゴブリンを操っていると聞いて、俺は最初信じられなかった。


 だが言われてみれば、以前戦った竜の蹄も首輪を使ってドロシーを操っていたりしたし、全く手段が無い訳ではないのだろう。


 俺は気を取り直して、イルの話に耳を傾けた。




 しかし、彼女の口から発せられたのは、再び俺に衝撃を与えた。




「ゴブリンを指揮する者の中に、人間によって生み出されたゴブリンの上位種が存在する」




「う、生み出した!?魔獣を人間が!?」




「そうだ。人間の中には魔獣を生み出すことが出来る者がおる」




 操るならまだしも、生み出すなどと言われて、俺は信じられなかった。


 だがしかし、イルの表情からは一切の揺るぎは無い。


 本当にそんなことが可能かはさて置き、彼女自身は真実を話してくれてるのだろう。




 そうなると可能性としては、遺伝子操作か何かだろうか。


 まさか人がゴブリンと交配をしたという訳でもないだろうし。いや、出来るかどうかは知らないが。


 ともかく遺伝子操作でクローンを生成したりしてるのなら、筋は通る気がする。




「イルは随分と詳しいんだな」




 ここまで、ゴブリンとの抗争からその原因まで、イルは俺の質問に対しても迷うことなく答えてくれた。


 恐らく危険を犯しても入念な調査や偵察を行ったのだろう。




 と、勝手に俺はそう判断したのだが、ここでイルはとんでもないことを言ってきた。




「実は我も人間によって生み出された魔獣なのだよ」




「……ええぇ!?」




 恐らく俺は今日1番驚いた。


 だが、そんな驚いている俺に構うことなく、イルは淡々と説明を続けた。




「我は20年ほど前、人間のあみだした魔法によって、複数の魔獣を融合させて生み出された魔獣なのだ。そして、今回の件でも我と同じく生み出された魔獣を確認しておる」




「おぉ、まじか……。てことは、正確にはゼロから生み出されたんじゃなくて、魔改造されたって感じかな」




「魔改造?よく意味は分からんが、灯が言うのならそれで良い」




 複数の魔獣を融合させて、新たな魔獣を生み出した人間。


 そいつが何を考えてそんなことをしたのか知らないが、明らかにまともでは無いな。


 この森を通り抜ける俺達にも、他人事ではない。


 イルの話がどこまで本当か分からないが、協力するしかないだろう。

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