2章 6. ベテラン冒険者
突然降ってきた矢がゴブリンを瞬殺した。しかも方向もバラバラで、誰がやったのかも分からない。
敵か味方かも分からない謎の矢に警戒を解けないでいると、森の奥から人影が現れた。
「どうも、さっきは怪我はしなかった?」
弓を持って森から出てきたのは、茶髪のポニーテールの女性だった。外見からして、20代後半といったところか。
どうやらさっきの矢は彼女がやったものらしい。見た感じでは、1人で行動しているようだが。
「ええ、大丈夫ですけど……、あなたは?」
「私はティシャ、一応階級は銅よ」
ティシャさんは階級も銅で、見事なまでにベテラン冒険者だった。
あの予測不能の攻撃も、これだけ実力のある冒険者なら当然なのだろう。
「僕は灯といいます。ついさっき冒険者になったばかりの新米です」
「そうだったんだ。いきなりゴブリンに囲まれて大変だったわね」
「はい、どうしようか困っていたので助かりました」
「へぇ、なんか余裕のある言い方ね。普通新人なら、あれだけ囲まれてたらもっと縮み上がってるはずだけど」
ゴブリンに襲われたというのに、そこまで怯えていない様子の俺をティシャさんは怪しんで睨んできた。
「そんなことは無いですよ、実際手詰まりでしたし。ほんとに助かりました」
「ほんとかな〜?」
「ほんとですよ」
ティシャさんに疑われないよう真実を話したが、どうもまだ疑いは晴れていないようだった。
「あれ?あなたどうして肩にスライムなんか乗せてるのよ?」
「ああー、こいつは僕の従魔なんですよ。名前はプルムっていいます」
「ってことは……、あなたテイマーなんだ。珍しい職ね、久しぶりに見た気がするわ」
俺がテイマーだということに気づいたティシャさんは、まじまじとプルムを観察しだした。
テイマーは元々人口が少ないとライノさんから聞いていたので、珍しがられるのは想定内だ。
それでも完全にゼロではないので、他に戦う手段の無い俺にはちょうど良かった。
「あっ!てことは、もしかしてあのゴブリンもテイムするつもりだったの?だとしたらごめんなさい、勝手に撃退しちゃって……」
「いえいえ!ゴブリン達には襲われただけで、仲間にするつもりも無かったので助かりましたよ」
「そう?なら良かったわ。横取りしたのかと思っちゃった」
テイマーだと聞いたティシャさんが、早とちりしだしたので、俺は慌てて否定した。
正直あのゴブリン達は自分本位なところがあったので、あんまり仲間にしたいとは思えなかった。
まぁあの数なら、戦力としては十分強そうではあるが。
「灯君はスライムの他には魔獣はいないの?」
「他にはグラスバイソンが3頭いますよ。今は宿で休んでますけど」
「え!?グラスバイソンが仲間にいるの!?凄いわね、あいつら近づいただけで突進してくるから危険なのに……」
「ま、まぁ相性が良かったんですかね?」
俺がグラス達を仲間にしていることに、ティシャさんは心底驚いていた。
確かに俺がグラス達を宿に連れて行った時も、かなり驚かれたからな。
突進という単語で、なぜかアマネが頭に浮かんできたので、俺は慌てて払い除けた。
「ふーん、灯君見た目は頼りなさそうだけど、結構やるのね」
「はは、俺はそんな大した奴では無いですよ。ただ魔獣を従えてるだけです」
ティシャさんはなにやら、面白いものを見つけたように半目で怪しげな笑みを浮かべながら、俺を見てきた。
「ふふ、私灯君のこと気に入ったわ」
「そ、それはどうも」
「今日この後予定ある?何も無いなら夕食一緒にしない?」
ティシャさんからまさかの夕食のお誘いを受けてしまった。
僕としても、先輩冒険者である彼女には色々と聞きたいこともあるが、ドロシーのこともあるので安易には受けられない。
「夕食ですか。是非ご一緒したいんですが、この後は仲間と待ち合わせをしてるんですよ」
「あらそうなの?てっきり灯君はソロの冒険者かと思ってたわ」
ソロとは、特定の仲間とパーティを組んで行動せず、たまに臨時でチームを組むことはあっても、基本1人で冒険者を行なっている者のことである。
ソロは駆け出しの冒険者に多い傾向にある。
「仲間といっても、今はバラバラの依頼を受けてるんですけどね」
「そうなんだ。ならそのお仲間さんも一緒にどう?」
「どれくらいで合流するか分かりませんが、それでも良ければ是非お願いします」
「おっけー、じゃあ一旦森を出よっか!」
「はい!」
こうして俺は、偶然助けられた、上級冒険者であるティシャさんに連れられて、森を後にした。
――
ドロシー、クウ、マイラは現在森の中を進んでいた。
灯の心配も他所に、狩っては食べ狩っては食べを繰り返していた。
そして現在は。昆虫型の魔獣の群れとの戦闘の最中である。
「クウ、やるよ」
「クアー!」
ドロシーの放つ泥弾を、クウのワープで射線を自由自在に変えることで次々と倒していく。
全方位からの無慈悲な泥弾の前には、並の魔獣では手も足も出ず、何も出来ないまま地に伏していくだけであった。
「ガウー!」
「マイラないすー」
泥弾の包囲網より外、遥か空から攻撃の機を伺っていた昆虫型の魔獣も、マイラが木を登って近づいていたことには気付かず、あっという間に仕留められた。
こうしてまた、呆気なく戦闘を終えた一行は、仕留めた魔獣を貪り食い始めた。
ここしばらくの戦闘では、ほとんど昆虫型の魔獣しか出てきていたなかったが、ドロシー達は気にせずそれらを平らげる。
「はー、美味しかった」
「クウ!」
「ガウガウ!」
森に入ってから、ドロシー達が倒した魔獣の数は50匹程だった。
その中には、そこそこ大型のチョウの魔獣や、ムカデの魔獣もいた。
それらは本来、階級が青の冒険者が5人パーティでようやく討伐出来るくらいの強さであったが、ドロシー達の敵ではなかった。
彼女達の実力は、一流の冒険者と肩を並べる程であった。
「もうそろそろ満足かな」
「クウー」
「ガウゥ」
ドロシー達ももうお腹も満たされてきて、森での戦いも飽きてきたようで、帰ることにした。
「クウ、ワープお願い」
「クアッ!」
クウにワープしてもらうことで、帰りはあっという間に森を抜けられる。
ドロシーはそう思っていたから、何も考えず森を突き進んでいた。
しかし、この迷いの森はそう甘くはなかった。
「あれ?まだ森の中だよクウ」
「クウ?」
クウのワープホールによって、出た先は森を抜けているかと思っていたが、そこはまだ森の中だった。
不思議に思いドロシーはクウに尋ねるが、どうやらクウもよく分かっていないようだった。
「クウ、もう一回お願い」
「クアッ!」
ドロシーはもう一度クウにワープを頼み、森の脱出を試みた。
しかし、あいにく結果はさっきと同じで、また森の中に出てくるだけだった。
「どういうこと?」
「クウゥ?」
「ガウゥ」
ドロシーとクウは同時に首を傾げ、その様子を見ていたマイラは、何か危機感を覚えたのか不安そうな鳴き声をあげた。
ドロシー、クウ、マイラの一行は、完全に迷いの森に呑まれてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます