雑用係 クソガキに年季の違いを見せつける
昇進試験まであと4日。
「オジサンっ! あたしに付き合って!」
そんな言葉がネルから出てきたのは、俺が昼食の焼きそばを炒めている時の事だった。
「付き合う? 買い物か? それともまたツイスターゲームでもやろうってのか? 言っとくが俺はもうやらんぞ。前あれで変な風に身体が曲がって次の日酷い目に」
「違うよ! 訓練だよ訓練! 今日は講義も休みだし、ピーターも『流石に休みの日くらいゆっくりさせてください』って書置きを残して行方をくらませたし。自分一人だけじゃなくて、誰かと一緒にやった方が効率が良いって言ったのオジサンじゃんっ! だからお願い!」
ネルが珍しく両手を合わせて頼んでくる。
確かに一人より何人かでやった方が効率が良いと言ったのは俺だし、会った事は無いが話を聞く限りここ数日ネルの友達? 子分? になったらしいピーター君が疲れて逃げ出したくなったのも分かる。何せこのクソガキの無茶振りはとんでもないからな。
仕方ない。ここ最近ネルの体調を診るトレーナーらしい奴も見かけないし、ちょっと代わりをするくらいなら良いか。
「良いだろう。幸い今日の分の買い出しは午前中に終わったし、午後は新メニューの開発でもしようかと思っていたくらいであまり忙しくない。ちょっとだけなら付き合ってやる」
「ホントっ!? やった!」
「ただし……まずは昼飯が先だ。ほら出来たぞ! テーブルまで持っていきな」
俺は山盛りの焼きそばを乗せた大皿をネルに手渡した。
その後、昼飯を済ませて軽く摘まめるおやつの仕込みをし、ネルに付き添って訓練室へ向かう。時折通りすがりの奴らが俺と一緒に居るネルを見て不思議そうな顔をするが、特に呼び止められることもなく普通に辿り着いた。……のだが、
「おいクソガキ。これは何だ?」
「クスクス。さ~てなんだろうねぇ。あたし分かんないなぁ」
「とぼけるんじゃないっての。これ互いに邪因子制限付きで模擬戦する設定じゃねえかっ!?」
元々この設定をネルに教えたのは俺だ。本来ネルの邪因子の高さに頼りすぎるきらいを直すべく、これで他の幹部候補生でも誘って訓練しろと言ったのだが、まさか俺にまでやらそうとするとは。
「ふっふっふ。バレちゃったか! そうっ! 実はあたしず~っと考えてたの。オジサンにどうこのあたしの凄さを骨の髄までしっかり分からせてやろうかとっ!」
急になんか微妙な悪役ムーブをかましてきたぞこのクソガキ。いや元々悪の組織だから普通なんだけど。
「普通に戦って勝つのは当然あたし! でもそれじゃあオジサンは絶対邪因子の差云々とか言って逃げ出すでしょ。だ・か・ら、互いの邪因子を均等にする設定を教えてもらった時これだって思ったわけ! という事でオジサン! あたしと勝負よっ!」
「やらんぞっ!? 俺が考えていたのはあくまで体調管理するトレーナーなのっ! いくら邪因子が均等だろうがお前みたいなのと戦えるかいっ!?」
このままだとこの才能だけ無駄にあり過ぎるクソガキが満足するまで付き合わされる。ここはさっさと退散するべくくるりと踵を返し、
「へぇ~。逃げるんだ逃げちゃうんだ? 邪因子が均等になってもこ~んなちっちゃな子相手に逃げちゃうんだ? や~いザ~コザ~コ!」
「何とでも言え。大人がそんな挑発ごときで引っかかるとでも」
「ヘ・タ・レ~! チキ~ン! へっぽこ~。ビビりロリコンヘンタイオジサ~ン!」
「いや多いな!? 分かった分かったよ」
この調子だとちょっと付き合ってやらんと収まらんな。俺はため息を吐きながらこのクソガキに向き合う。
「ふふん! そうじゃなきゃ! ルールは普通の模擬戦と同じね! まあ最近オジサンも運動不足かもしれないし、五本勝負で一本でも取られたらオジサンの勝ちでも良いよぉ!」
「へいへいありがとさん。ハンディをくれて涙が出るよ」
しかしどうしたもんか。大人として適当にあしらう事も出来るが、下手に加減したらこのクソガキが納得するとは思えん。それに、
「やっちゃうよ~! ここでオジサンをボッコボコ一歩手前にし「ははぁネル様。私めはネル様にすっかりボッコボコにされて身の程を分からされたクソ雑魚ナメクジオジサンでございます。これからもネル様のお世話係として誠心誠意尽くさせていただきますぅ」と這いつくばらせてあげるよ~!」
なんかガキがやっちゃいかん不気味な笑みを浮かべながらネルがブツブツ言ってる。せめてその考えてる事が駄々洩れになる癖を改めような。
こんなクソガキに負けて這いつくばらされるのも大人としては問題だ。ならば、
「じゃあ……覚悟しなクソガキ」
「覚悟? 覚悟って何の?」
「なに。簡単だ」
俺は軽く息を整え、ゆったりと構えながら指を軽く曲げて挑発する。
「
「オジサンのくせに言ってくれるじゃん。……こっちが分からせてあげるんだからっ!」
戦いのゴングは不要。目と目が合ったその瞬間が合図。
飛びかかって来たネルを、俺はどっしりとした構えで迎え撃った。
2時間後。
「う、うぅ~。もう一回! もう一回やるのっ!」
「いや、もう……なし。流石にしんどい」
涙目になってせがむネルを、疲労困憊な俺は雑に追い払う。
結果としてだが、
まずネルが以前のように力任せではなく、きちんと技を織り交ぜた戦い方をしてきた時は素直に驚いた。
元々ネルの場合天性の戦闘の才能があった。それに加えて高い邪因子の素養により、技を覚える必要があまりなかったのだろう。しかしピーター君との模擬戦で、自分なりに戦い方を学んだのだ。ありがとう顔も知らぬピーター君。
だが残念ながらまだ覚えたて。動きの組み立て方もまだ雑さが残り、覚えた技を使いたいという気持ちが透けて見える。そして経験という意味ではこっちは年季が違う。
「アイタタタ!? ギブギブ!」
腕を極めようとしてきたのを上手く外し、カウンターで逆に掛け返してまず一勝。なのだが、
「こ、これは準備運動なんだから! もう一回!」
ここでネルの負けず嫌いが発動。元々の五本目を終えても諦めず、遂には数えるのも馬鹿らしくなるほど繰り返した。
しかも輪をかけて厄介な事に、戦いの中でコイツどんどん成長するのだから性質が悪い。
一戦ごとに少しずつ、だが着実に、動きのキレも技の冴えも上がっていく。邪因子に頼らずこれなのだから、まさにダイヤの原石という奴だろう。
だがいくらなんでもこの強フィジカルに付き合い続けるのは体力がキツイ。俺も毎朝訓練をしているのでそこらの奴よりは元気なつもりだが、ガチで向かってくるガキのスタミナは無尽蔵だ。
「ねぇオジサ~ン。もう一回! もう一回だけ! 次こそ勝っちゃうから」
「ダメだ。もうホント無理」
「ぶぅ~。……ケチ」
「そうか。残念だな。これ以上やれば今日のおやつを時間的にも体力的にも取りやめなきゃならんのだが。ちなみに今日は熱々の油で揚げたドーナツに粉砂糖をたっぷりまぶしてチョコレートを」
「今日はここまで! さあオジサン。早く帰ろう!」
こうして3時のおやつを交渉材料に、
なお、
「さあおやつも食べたし訓練再開! 今度は邪因子有りでオジサンをメッタメタにしちゃうんだから!」
「いや今度は俺夕食の仕込みがあるんだが」
負けて落ち込むどころかますますやる気になり、ネルがまた俺に絡んでくる頻度が増えた気がする。頼むから普段はピーター君と遊んでてくれっ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます