第八十話 白い病(2)
「いやだね」
だが、大蟻喰は黙った。
――まったく素直じゃねえやつだ。
ズデンカはカミーユに目を移した。まだ、何もする様子がない。
「じゃあ、このなかで誰かが語り手になって、
ルナが言いだした。ズデンカが恐れていたことだった。
だが、提案したのはカミーユではない。カミーユも手を上げる様子はなかった。
大蟻喰も黙ったままだ。夜が近付けば虎に変わるため、深くフードを被ったバルトロメウスも何も言わない。
「誰もいねえぞ。あたしももう話したしな」
「君は長く生きているんだから、他になにかあるんじゃないかい?」
ルナは薄く眼を細めて言った。
「そりゃあないことはないが……今すぐには思いつかん」
言葉通りだった。二百年以上も生きてしまうと色々な記憶が雑多に積み重なり、取り出すのが大変になる。
「
ルナは叫んでいた。
「一つ、僕が話してもいいでしょうか?」
泥を被ったため、網棚に置いていた背嚢から鼠の三賢者メルキオールが
「鼠の話かよ」
とは言いながらズデンカは安心していた。今の様子ならカミーユが関与できる隙はなさそうだ。
「ぜひ、うかがいたいです!」
ルナは手帳を取りだして鴉の羽ペンを手に取った。
「まあ、僕の話と言うよりも、人から――もう遙か昔に亡くなった人から訊いた話ですから、ずいぶん遠い、それでもいいでしょうか」
「もちろん! お話なら誰経由でも構いませんよ!」
「節操がねえな」
ズデンカは笑った。
「節操がないんだよわたしは。ともかくメルキオールさん、
ルナは手を何度も前に出してせがんだ。
「それではお聴かせしましょう」
メルキオールは網棚に腰を掛けて小さな足をぷらぷらさせながら話し出した。
まあ、今から数千年は昔の話だと考えてください。
後世、パンデモニアと呼ばれる島に僕がなるよりも前です。
当時の僕は今よりずっと活力に満ちていて、何でも見てやろう、世界中を歩いてやろうという高い意識を持っていたのです。
僕はそこそこ大きな身体をしていました。だから移動は簡単でした。
旅には主な目的がありました。犬狼神ファキイルの研究です。
僕らがアララト活火山から生まれたときには、もうファキイルは世界にその名が轟いていました。
でも、ファキイルを見かけた者は僕ら三賢者のうちにまだ一人もいなかった。その時点では、です。
だから手掛かりを探したかったんですよ。途中でずいぶんたくさんの人と知り合いました。
みんな死んでしまいましたけどね。
ファキイルを実見した、という人と出会えました。
ファキイルは若く背の高い女性の格好をしていました。
ファキイルは最初とても老いた姿で生まれたのです。
それが何万年何千年と時を経るうちに若返っていったんだそうです。
さきほどズデンカさんと見かけしたファキイルはもう幼女に近い姿でしたね。
では、なんでその人はファキイルを見たのか。
それが今回のお話のポイントです。
ある都市を襲った流行病の時のことなんです。
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