第六十七話 吸血鬼(7)

 豊かな七色をした奇妙な髪に、奇妙な笑いを浮かべた長身の男が歩いてきた。


 今まで一度も見たことのない顔だった。


「誰だ? また新手の吸血鬼か?」


「吸血鬼。ふむ吸血鬼ですか。その言葉は私を表すのに相応しくない。私はもっと神々しく、高貴なものです」


「レヴィナント、か」


 ズデンカは言った。直感だったが、正しいように思われた。


 甦ったレヴィナント、またはドラウグと呼ぶ。


 吸血鬼と同族とされているが、人の血を吸わないものが多い。ズデンカは知識として知っている。縄張り意識が強く、吸血鬼を野蛮だと見なしていることも多いと訊いた。寿命も長く吸血鬼より古い時代から存在しているものが多い。


「私をそのように呼ぶ者もいますねぇ。カアとだけ言っておきましょう。太古の昔から存在し続けているものですよ」


 その割りにはずいぶんと口調が軽く、ふざけているようにも感じられる。


 訊いたことのない名前で、トルタニアでもずいぶんと遠い地域からやってきた者ではないかと思われた。


「なぜ、『ラ・グズラ』などに手を貸す? お前らは吸血鬼とは一緒にされたくないはずだ。血も吸わない。なら、こんなところにいる」


「入った覚えはないですよ。同行させて頂いているだけで。なるほど確かに我々は血を吸わない。でも命を維持するのに多くの人間の命を奪うことに変わりはない。これだけ集まっていれば、向こう千年は生きられそうなものです」


 カアは弁舌豊かに説明した。


「なるほど、やはりどうしようもないド屑には変わりねえな。ここで潰してやる」


 ズデンカは向かっていった。


 だが、正直勝算はない。吸血鬼にランク付けされこそしないが、相当の年季が入った存在だ。ヴルダラクのズデンカが太刀打ちできるかは微妙だった。 


しかし、その時。


 物凄い打撃がカアの頬に炸裂した。


 誰かと思ってみればハロスだった。既に受けた傷の再生は完了している。


「何が縄張りだ? 勝手に皆の食い物を取るんじゃねえよ。こいつ、怪しいと思って見てたんだ。やっぱりろくでもないやつだった!」


 そう言ってハロスはカアの顎を砕いた。

「ふむ」


 カアは首を鳴らした。大昔から生きている不死者には、人間時代の骨格を留めていない者もいるが、カアはそうではないらしい。


「うぐっ!」


 突然ハロスの身体が物凄い勢いで捩られた。まるで万力で締めるかのようだ。


 吸血鬼は基本的に痛覚を持たないが、それでも人間だった頃の名残を留めているのか、ハロスの表情は歪んでいた。


 対してカアは指一本動かさずに腕を組んでいるだけだった。


「しばらくその格好でじっとしていなさい」


カアはズデンカに向き直った。


「これでもまだ私に刃向かいますか? ここから立ち去るだけで私があなたを許すと言ってるのですよ?」


「上から目線だなあ。あたしは貴様に人を殺すのを止めろと言っている。ここから立ち去るのは貴様の方だ!」


 ズデンカは怒鳴った。


 そして、攻撃を開始する。


 ふりをした。前に飛び出そうと地を蹴った後、素早くズデンカは姿を隠した。


――やつは手を使わずに攻撃出来る。やっかいだ。


 ヴィトルドの方を盗み見る。まだ踞っていたが、血は既に止まっていた。さすが超男性だ。


 ズデンカは自分の方に注意することにして建物の影へ隠れた。


 その壁が吹き飛ぶ。屋根が崩れ落ちてきた。


 ズデンカは駈け、駈け、駈けながら後退した。

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