第六十六話 名づけえぬもの(16)
ズデンカは物凄い力でその頭部を叩きつぶす。
しかし、潰しても潰しても、化け物どもは再生していくのだ。
やはり、これまでのように『鐘楼の悪魔』をえぐり出さないと死なないらしい。
そこに銃声が響いた。
ズデンカは背中に打ち込まれそうになった弾丸をすべて避けた。
頭に腐肉を乗せたゲリラ兵たちが撃ったのだった。
――まだいたのかよ。
地に落ちた弾丸をよく見ると腐肉が蠢いていた。
その戦闘には、どこかで見た面影のある人物もいた。
大佐だ。以前西山でゲリラ兵を率いていた人物だ。
やはり、その頭にも腐肉が乗っており、顔は半分隠れているのだったが。
――確か、娘がルナの読者だって言ってたな。
腐肉に喰われた人間は元に戻ることが出来ない。ズデンカは素早く大佐の背後に回り、その首をねじ切った。
――穏やかに眠ってくれ、とは言えねえが。
腐肉が、倒れた大佐の身体を蝕んでいく、ズデンカは祈る暇もなく退去した。
――さあて。
ズデンカはあたりを見回す。
前にも後ろにも敵ばかりだ。
――これだけ数がいると面倒だな。
ズデンカは『鐘楼の悪魔』によって変化した化け物の腹へ手を突っ込み、本を取り出そうとした。
だが。
ない。
掴めそうな本がないのだ。
――どこへいきやがった?
ズデンカは化け物を押さえ付けながら、手探りした。
それでも、紙片さえ見つからない。
「一体どういうことだ?」
ズデンカはハウザーを見やった。
「さあね。手のうちを明かさなくてもいいだろ。これまでのように君に潰されてしまったら面倒だからね。それより、ルナ・ペルッツだ――いや、ビビッシェ・ベーハイムと言った方がいいかな」
ハウザーが指を鳴らすと、ルナがふらふらとそこまで歩いていった。
「ルナ、止めろ!」
ズデンカは急いで化け物から手を抜き、その体液を爪の先から滴らせながらルナの元へ駆けつけた。
ルナの瞳はうつろだった。
やはり、想像通りだったのだ。ハウザーはどんな状況でも、ルナを操るよう暗示を仕込んでいた。
ズデンカが抱きしめたからルナが元に戻ったわけではなかったのだ。
――とんだ茶番だった。
ズデンカは全身の力が抜けるような気分になった。
ルナはズデンカは避けて歩き、ハウザーの元へ至る。
「さあ、ビビッシェ。『名づけえぬもの』の核になって貰うよ」
「はい」
ルナは目を瞑ってハウザーの横に立った。すると、化け物どもが即座にそちらに集まっていく。
途端に化け物どもは身体を溶解させていき、ルナの身体へと張り付いた。
何体も、何体も。
やがて、紫色の巨大な球体がその場に出現した。
ひときわ高くパヴァーヌが演奏される。
ズデンカにとってそれは頭痛をもたらすような酷い不協和音に聞こえた。
「ドードー鳥で一冊ずつ刷っているようじゃ、『鐘楼の悪魔』を世界各地へ広げられない。でも、ビビッシェが核となって『名づけえぬもの』が完成すれば、瞬く間に世界中の家庭に本を届けることが出来るんだ。ビビッシェは最後の最後に同胞を皆殺しに出来る栄光に預かれるというわけさ! ハハハハハハハハッ!」
ハウザーは不快な笑い声を放った。
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