第六十四話 深淵(2)

「事前に戦術を考えておく必要があるだろ」


「下手の考え休むに似たりさ。さっさと行こう」


 大蟻喰は歩いた。


 二人の強靱な脚で行けば、巨大なドードー鳥の影が向こうに見えてくるまでにはそう時間が掛からなかった。


「あった。やっぱりメルキオールは正しかったんだね」 


 大蟻喰はあっさり意見を変えていた。


 ズデンカは呆れたが、言葉には出さず、


「いくぞ」


 ドードー鳥までの距離を詰めていった。


――反応されて砲撃されるのはまずい。


 とズデンカは考えて、大蟻喰に訊いた。


「お前、気配を消す方法を知ってるか?」


「うーんと……そうだなあ……そう言えば東洋のニンジャとやらを喰ったことが合った気がする」


 大蟻喰は考え込んだ。


「何だそれは……」


「よくは知らないんだけどね。ニンジャは忍ぶ者と書き、姿を隠すらしい。まあこっちはそんな暇を与える前に、殺して喰っちゃったんでよくわからないけどね」


「そんなんで大丈夫なのか……」


 ズデンカは疑問だった。


「まあちょっと待っていてよ」


 大蟻喰はすたすたと駈け出し始めた。歩き方は独特で、爪先から地に足を付け、そのままゆっくり進んでいくのだ。


 ズデンカは敵に察知された場合に応戦する態勢を整えた。


 だが、大蟻喰は巧みな動きで、ドードー鳥の後ろ側に近付いていき、その足に縋りながらするすると登り始めた。


 いまだドードーが動き出さないところをみると、察知されていないようだ。


――うまくやりやがるな。


 ズデンカは感心した。


 さて、かと言ってズデンカが動いては相手に気付かれる。


 待っているしかなかった。


 大蟻喰はドードーの背中までよじ登って、小さな鉄扉の開いて中へ入り込んだ。

 脱出用だろうか。以前ズデンカがハウザーと対面したときは、ドードーの胸部

が開いたような覚えがある。


――あたしはどう入りゃいいんだよ。


 ズデンカは歯がゆい思いをしていた。


 いろいろ考えてみたが、ズデンカは自分が変身できるのではないかと考えた。ダーヴェルやコールマンやクラリモンドは蝙蝠に変わった。


 ヴルダラクの始祖ピョートルから血を受けて強くなった。


 なら、可能ではないか。


 ズデンカは念じた。念じに念じた。だが、少しも身体が変化する様子はない。


――クソッ。このままじゃルナに近づけないじゃねえかよ。


 ズデンカは心のなかで悪態をついた。


 と、大蟻喰が鉄扉の外から抜けて引き返してくるではないか。


「どうした、せっかくなかに入れたのに」


「えっと」


 大蟻喰は少し恥ずかしそうにした。

 

「ボク独りだけだと……その、何て言うかな……もちろん、ボクだけでも十分勝てるんだけどさ……キミもいた方が戦うのは楽そうだなって……」


「ああ、もちろんだ。あたしも行きたい」


「じゃあボクの背中に乗れ」


 大蟻喰は言った。


「お前の方が小さいだろ」


「大丈夫だよ」


 大蟻喰は屈んで背中を見せた。


――これは、信用してくれている証拠だろうか。


 別に信用する・されるような間柄ではないと思ったが、ズデンカは大蟻喰の背中に登った。


「重いなぁ」


 と文句を言いながら、大蟻喰は歩き始めた。


「抜き足、差し足、忍び足だ」

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