第六十四話 深淵(1)

ゴルダヴァ中部都市パヴィッチ――


 歩いているうちに、だんだん日が暮れて来た。


――こっちが有利になってきたな。


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツのメイド兼従者兼馭者だが馬車には乗っていない吸血鬼ヴルダラクズデンカは思った。


 闇になると吸血鬼は昼よりも身体能力などが増すことがある。


 ズデンカもその例に漏れない。


 とは言え、昼でも十分戦えるのだが。


 暮れれば暮れるほど都合がいいのは間違いなかった。


 カスパー・ハウザーがなかに潜んでいると思われる巨大な鉄製のドードー鳥が、ここから南の方にいるという遺言をズデンカは鼠の三賢者メルキオールから受け取っていた。


「本当に正しいんだろうね?」


 自称反救世主大蟻喰が言った。いつもは神出鬼没で、あらわれたかと思えばいつの間にか消えてしまうが、今日は珍しくずっといる。


――それほどルナが好きなのだろう。


 もちろん、それはズデンカも同じことだ。


「さあ、あたしもわからん」


 ズデンカは短く答える。


「だが、メルキオールのことは信頼している」


「なぜ? ちょっと前に知り合ったばかりなんだろ。本人が言ってたよ」


 大蟻喰は訊いた。


「短い間でも、ピンと来るものはある。わからんやつにはわからんだろうが」


「あんな鼠を信じてもねえ。自分で探す方が早くない?」


「どうやって探す?」


 ズデンカは立腹した。


「キミ、空を飛べるんだろ? まあ、ボクもだけど」


「目立つ」


「誰も気にしやしないさ。ほら」


 と大蟻喰は軽く浮き上がって見せた。


「やめとけ」


 ズデンカは飽くまで歩き続けた。


「そんな力どうやって身につけた?」 


「いつの間にか。いろいろ食べてきたからね。自然とだよ。吸血鬼を喰ったのが良かったのかもね。じゅる」


 と大蟻喰は舌舐めずりをした。


「悪食だ」


「キミもそれに関しては人のことを言えないだろ。何人の血を吸ったんだ?」


「さあな、忘れた」


 ズデンカは大蟻喰と話をするのが面倒くさくなってきた。ルナを間に挟んだときはまだ良かったが、好きになれないやつと一緒にいても不快さは増すばかりだ。


「やっぱり同じじゃないかよ」


 ズデンカと大蟻喰はかなり身長差がある。もちろん、ズデンカの方が大きいので、歩くと不格好な親子のように見えてしまう。


ズデンカは大蟻喰を無視して、敵情を考察した。ハウザーには現在ビビッシェ・ベーハイム=ルナぐらいしか手駒がないはずだ。


 他に思いあたるのがスワスティカ時代の特種工作部隊『火葬人』の一人、クリスティーネ・ボリバルの複製体だ。


 ランドルフィ王国周辺でよく目撃されていたはずだが、今もハウザーの近くにいるのだろうか。


 ルナの救出は急務として、クリスティーネがいくら襲い掛かってきてもズデンカの敵ではないだろう。変な物を複製されたら厄介だがそれ以前に全て殺害すればいいのだ。


 あとはハウザーの元で『詐欺師の楽園』だったルツィドール・バッソンピエールがどうなったか気になる。


 ズデンカは宿屋にルツィドールを監禁したのだが、その後戻れていない。既にハウザーからは用済みになっているので、帰参する可能性は極めて少なかったが。


 あとは『ラ・グズラ』というズデンカと因縁のある吸血鬼の結社だ。ハウザーに協力しているという。その中でズデンカとは腐れ縁のハロスはしばらく再起不能な状況へ追い込み、クラリモンドは滅ぼした。


 先ほど交戦したコールマンは激怒し我を忘れていたようなので戻ってくる可能性はあるだろう。


 一番の強敵はオーガスタス・ダーヴェルだ。ヴルダラクの始祖の力を得たとは言え、ズデンカには勝てる自信がなかった。


 他にも『ラ・グズラ』には所属している吸血鬼がいるかも知れない。


「何考え込んでるんだ」


 大蟻喰はズデンカの黙考を馬鹿にしていた。 

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