第六十三話 メルキオールの惨劇(12)
鼠の賢者は姿を消していた。
ヴィトルドは吹っ飛ばされたから戻ってくるのに時間が掛かるとして、メルキオールの所在は不明だ。
さすがのズデンカでも上空で戦闘しながらメルキオールに注視していることは不可能だったからだ。
「メルキオールがいないと困るのであたしは探す。お前らはいてもいいぞ」
ズデンカは歩き出した。
「待ってよズデンカ。もう独りにしないで」
真っ先にジナイーダが尾いてきた。
「お前はまだ戦えない。ヴルダラクになったばかりだ」
「そんなことないよ。ちょっとなら……」
「戦った経験もないだろ?」
ズデンカは声を荒げてしまった。
生まれ落ちた弱い吸血鬼は最初は小さな子供に血を吸ってでも、力を蓄えて強くなっていかなければならない。いきなり強大な相手と向かい合って、勝てるはずもないのだから。
「ひっ! ……うっ、うん」
ジナイーダは頷いた。すこし、怯えさせてしまったようだ。
「恐がらせてしまったか。……申し訳ない」
ズデンカは声を落として謝った。
「そんな……私はズデンカの娘だよ。怒られるのは当然だよ!」
ジナイーダにはズデンカの謝罪が深刻に映ったのか、ハッキリと狼狽していた。
「いや、あたしの方でそんなつもりはなかったんだ。もっと静かに諭すべきだったんだ。気が立っていた。すまない」
ズデンカは重ねて謝った。
「私は何の力ない。それは本当にズデンカの言う通りだよ!」
ジナイーダはズデンカの服の裾を掴みながら言った。
「いずれ強くなるさ。あたしみたいに」
ズデンカは答えた。本当に心からそう思ったけではない。多分に願望込みだ。
「そうなの。待ち遠しいな! 私、強くなってズデンカの足手まといにならないようにしたいな」
ジナイーダをヴルダラクにしたことにズデンカは多大な責任を感じていた。
本来なら、ジナイーダが瀕死になった時、そのまま見殺しにしてもよかったのだ。
よくよく考えてみれば、ズデンカはジナーダを見殺しにするよりもよっぽど酷い、未来永劫の生を与えてしまった。今後何百年と続くその時間を、面倒をすべて見切れるとは限らないというのに。
ジナイーダが幼い吸血鬼のまま死ねば同じことだが、そんなことになったらますますズデンカの責任は重くなるだろう。
ズデンカは歩いた。
息詰まるような時間。
「おいズデ公、先いくなよ」
大蟻喰がいきり立って走ってきた。
だが、今のズデンカにとってはそれが救いに思われた。
「どこにメルキオールがいるかわかるか?」
ズデンカは訊いた。
「え、わかると思ってたよ。キミの嗅覚ならね」
大蟻喰は意味深に言った。
「なにがわかるんだ?」
「血」
ズデンカはそれでやっと血の臭いを嗅いだ。いや、前から嗅いでいたが、指摘されるまで気付けなかったのだ。
――あたしとしたことが情けない。
ズデンカは遠くを見た。
そして、すべてを了解した。
ズデンカの視力はとても優れており、人間なら望遠鏡を使わないと行けない距離でも見ることが出来る。
かなり向こうの方で、地面からいきなり生えだした血液の柱に身体を串刺しにされたメルキオールの姿が見えたのだ。
ズデンカは物凄い勢いで走り出し、瞬く間に近接する場所まで来た。
「どうした! 何があった?」
ズデンカは叫んだ。
そして、すぐ近くを見回してまた気付いた。
ビビッシェ・ベーハイム――ルナ・ペルッツが立っていた。
薄笑いを浮かべながら。
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