第六十二話 なぞ(3)

 だから、オドラデクの車窓に変な顔を見たと言う話もありえないことではないだろう。


 犬狼神と糸巻きの化け物を連れて旅をしている若い男がいるぐらいなのだ。


 この世のなかでは何が起こっても不思議ではない。


 フランツは車室に入り、それ一つに必要なものを全て詰めているトランクを網棚に置いた。


「よし、俺はオドラデクと車内を探してくる。ファキイルはここでトランクを守っていてくれるか?」


「わかった」


 ファキイルは小さく言った。


「フランツさん、今日はノリが良いですね。なんで? なんで?」


 オドラデクもだんだん元の調子に戻って煽ってくる。


 フランツもすぐには行くことした理由がわからなかったが、よく考えてみればなんてことはない。


 これは一つの逃避なのだ。


 ルナを殺さなければならないかもしれない。自分はそう言う旅を選んだ。


 長い間そればかり考えて思い悩んでいたところに突然ふってわいた幽霊騒動だ。


 いい気分転換になるに違いない。


 実際フランツは明るい気分になっていた。


 幽霊で明るくなるとは奇妙だが、本当に怖いのは人生であって、超自然のものはそこまで怖くはないのかもしれない。


 オドラデクもファキイルも並の人間以上に人間臭いのだ。


――今度現れた幽霊というやつがどんなものか知らないが、ぜひ見てやろうじゃないか。


フランツ本人は見ていないのだから他人事だ。


 廊下を何度か行き来してあまり人のいない車内を歩き回った。


「具体的にわらんのか」


「えーとねえ、えーとえーと」


 オドラデクは子供みたいにあちらこちらの車室を除いて窓を確かめていく。廊下と同じように客はほとんどいなかったが、


「なんだよ」


 と新聞紙を見ていた小太りな紳士が鬱陶しそうな顔でにらみ返してきた。


「あの、車窓に凄く怖い顔が映ってるのを外から見たんですよ。この近くだったと思うんですが、心当たりないですかね?」


「ないね」


 紳士は冷たい一言を返すだけだった。


「なんか物音がしたとか?」

 

「ない」


 紳士はそう言ってまた新聞を読み始めた。


 オドラデクは扉を閉めた。


「つまらない人ですねえ」


「迷惑になるだろ。人がいるならすぐ謝って扉を閉めろ」


 フランツは注意する。


「はいはい」


 と言いつつオドラデクはまた別の扉を開けた。


 今度は人がいなかったの中を注意深く観察する。


「うーん、この部屋か次の部屋かくらいだと思ったんですけど」


 オドラデクは次の部屋も開けてみる。


 やはり誰もいない。


 幽霊だったとして一瞬現れて消えただけだとしたら、もうこの場所にすら漂っていない可能性は高い。 


「謎は謎のままにしておかないか?」


 フランツは面倒くさくなってきた。気分転換になると思ったが、あまり面白くはなさそうだ。


 人生には解けなかったなぞ、意味のわからないまま過ぎていく事象などたくさんあるではないか。


――いちいち気にしていたら、身が持たない。


フランツは戻ろうと廊下を引き返しかけた。


「ひっ、ひいい!」


 と、またオドラデクの悲鳴が聞こえてくるではないか。


――今度はどうした?


 フランツはまたも呆れながら振り向いた。

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