第六十二話 なぞ(2)

「はあああ~! やっと到着だあ!」


 オドラデクは明らかに不自然な明るい態度で立ち上がり、静かに停まる汽車まで歩いていった。


「おい危ないぞ」


 フランツは追おうとしたが、考えてみればオドラデクは糸巻きだ。身体が抉れても元に戻る。


 だが。


――いや、逆に心配なのは汽車と乗客の方だ。


 フランツは思い直してやはりオドラデクに近付いた。


「訊いてるのか」


 とフランツが覗いたオドラデクの顔はさきほど以上に固まっていた。いささか恐怖の色が浮かんでいるようですらある。


「何があったんだ?」


 フランツは意外に思って訊いた。


 見かけ通り、オドラデクは肝が太いタイプだ。嫌なことはすぐ忘れるし、びびってもすぐ調子に乗る。


 それが、口をいささか半開きにさせ、唇をわななかせたままでいるのだ。


「ファキイルがそんなに怖かったか?」


 フランツはからかい半分で言った。


「ま……窓、窓?」


「は? 窓がどうした」


「列車の窓に……」


「何か見えたのか?」


 フランツはまるで注意を払っていなかった。


「顔が見えたんですよおぉ!」


 オドラデクは頬を押さえてぐるりと身を捩るどこまで見た名画のような格好になったがフランツは急いでその頭を引っ掴んで口を塞いだ。


「うっぷ」


「勝手に騒ぐな。周りに人がいるんだぞ?」


フランツはやっと手をどけた。


 ちょっとついたオドラデクの唾液を綺麗にハンカチで拭き取りながら。


「……そもそも、俺らが乗ろうとしているのは汽車だぞ? 乗客が居るのは当たり前だ。ほら降りている人もいる」


――なぜこんな当たり前のことを説明しなければならないのか、ここまでオドラデクは子供なのか。


 フランツは呆れていた。


「その顔が……凄く……怖い」


 オドラデクは全身をぶるぶると震わせながらカタコトになっていた。


 どうやらオドラデクは車窓に一瞬丈恐ろしい顔を見たようだ。


「どんな顔だ?」


「凄く細長くて、青白くて、何と言うかこの世のものとは思えないような顔だったんでですよぉ」


「車輌はどのあたりだ?」


「えーと、あそこかなぁ」


 オドラデクは何列か後ろを指差した。


「あそこか……まあ一等客車だろうな。俺たちの乗るところだ」


「ぞぞぞー! そんなぁ、嫌ですよぉ!」


「いやなら一人で三等客車に行け。切符は自分で買い直せよ」


「そんな! 発車まで時間ないですってば!」


 オドラデクは焦った。


「一時間程度はあるようだぞ」


 フランツはちゃんと時刻表を確認していた。


「でも! フランツさんたちと離れたくない! 三等なんかいやですし!」


オドラデクはごねた。


「じゃあ乗れ」


 フランツは乗車口の階段を登った。


 ファキイルは意外に早く着いてくる。


 オドラデクはこわごわと従った。


 入ったところが一等車輌の半ばだった。


 フランツは乗車券に従って目指す部屋へと移動していく。


「よく大胆に進めますねぇ! どこにあの顔が隠れているかわからないじゃないですかぁ」


 フランツも考えていないことはなかった。オドラデクが見た顔というのは霊かも知れない。


 汽車という文明の利器は案外怪談と切っても切れなかったりする。


 運行中にいきなり人が失踪したり、幽霊が現れたりという話はよくあるのだ。


 もちろん、そう言う情報は全てルナから訊いたものだ。

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