第六十二話 なぞ(1)

――ネルダ共和国クンデラ


 スワスティカ猟人ハンターのフランツ・シュルツは駅のホームのベンチに坐っていた。


 汽車が構内に入ってくるまですることはなにもない。


 ゴルダヴァを目指してクンデラまでトラックを走らせ、適当な店に売り飛ばした。


 もちろん偽名を使った。


 フランツはトルタニア西部各所で色々な人間を殺めているのだが、ネルダは距離があることもあり、あまり気にする必要は感じなかった。


 とは言え、油断は禁物。


 フランツは普通の旅行人のように目立たないように努めた。


「ふうん、何でこんな服を。前ので良いじゃないですかぁ」


 とフランツの横に坐ったオドラデクはぼやく。


 オドラデクはまっさらな紳士服になっていた。もともとその正体は糸巻きだ。だから服も身体と同じように糸を用いて生成することができる。


 フランツがちゃんとしたものに変えるように命じたのだ。


 同行している犬狼神ファキイルも服飾店の試着室で新しい子供服に換えさせている。


 もちろん、フランツ自身も同じ店で綺麗な背広とズボンを購入していた。


「俺たちは一等客車に乗るんだぞ」


 フランツは言った。


 三等でもよかったが、今はあまり人と関わりたくない気分だ。


 多少資金を使っても静かに過ごしたかった。


「クンデラに着いてからフランツさん、金遣い荒~い!」


「尽きることはないので大丈夫だ。トラックも良い値で売れたし、活動経費がちゃんと振り込まれているのは確認している」


「前はやったらケチだったのにぃ。えらい変わりようですねえ」


「いいんだよ」


 議論する気は起きなかった。実際そんな気力もないのだ。


 フランツはため息を吐いた。


 長い社中の旅でしっかり睡眠を取っておこうと考えていた。


「フランツさぁん。ノリ悪いなあ。こんなんだったかなぁ」


 席を立ち、フランツの周りをグルグル派手に動き回るオドラデク。


「妙な動きは止めろ。怪しまれる」


 フランツは注意した。


「フランツをそっとして置いてやろう」


 ちょこんとベンチの端に腰を掛けていたファキイルが言った。


「なんですかぁ、ファキイルさん、あなたもなんか妙に可愛くなっちゃってえ。生意気!」


 オドラデクが吠えた。周りも振り返る。


「オドラデク」


 ファキイルは睨んだ。表情を変えることのない犬狼神がはっきり冷たい眼で顔を歪め、オドラデクを見たのである。


「ひっ……! わかりましたよぉ。静かにしますって」


 オドラデクもそう簡単には誰にも屈しないほど強いが、ファキイルはそれ以上の実力を持っている。


 普段怒こらない物静かな者が怒ったときほど怖いものはない。


 オドラデクはしおしおとなり、フランツの隣に坐った。


「ありがとう、助かった」


 フランツは小声で礼を言った。


「……」


 ファキイルは答えなかった。


 実際助かったのだ。


 フランツはとてもナーバスというか落ち着かない気分になっていた。


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツの件もあるのでなおさらだ。


 かつての友人だったルナが、スワスティカ残党のビビッシェ・ベーハイムである可能性がある。知ってから時間は経ったが、その事実はフランツをいまだに動揺させ苦しませていた。


 皆黙ったまま時間は過ぎ、列車到着のベルが乾いた咳のように響いた。

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