第六十一話 羊歯の褥(13)
己の力量を遙かに上回るヴァンピールを屠ることができたのだ。
嬉しくないわけはない。
なぜかそこに一抹の悲しさを覚えたが、理由はよくわからなかった。
笑うことで気分は昂ぶった。だが、どこか落ち着かない。底に不安を秘めている笑いのように思った。
時間が過ぎる。血がズデンカの爪を伝い降りて地上へと滴り落ちていく。
だんだんズデンカは落ち付いてきた。
なので、振り向く。
「何見てんだ? あ?」
ヴィトルドを睨んだ。
「はっ、はははははっ! さすがズデンカさんだ! あんな難敵をいともたやすくやっつけられるのですからな!」
ヴィトルドは不自然な笑い声を上げた。
「もういい加減、演技はやめとけ。あたしが吸血鬼だって気付いただろ?」
ズデンカは冷たく応じた。
「その姿を見れば……確かにそうなのですが……」
ヴィトルドはなおも言い渋っていた。
「なんだ? 言えよ! お前は化け物だってな!」
ズデンカは吹いてくる風に髪を
「ぼっ、僕はズデンカさんが好きです!」
ヴィトルドは柄にもなく頬を赤らめて、実をしゃちこ張らせて言った。
――気持ち悪りい。
とまずズデンカは思った。だが、裏腹に笑っていた。
気分がよくなっていた。
殺戮の後で、あまりにも滑稽なものを見たのだ。
笑わないでいられるだろうか?
今度の笑いはさっきのものとは違い、心が落ち着く笑いだった。
ズデンカは笑いにはこんなにも種類があるのかと思った。
「まあいい、勝手にしろ」
ズデンカはヴィトルドから離れて地上に降りていった。
だが、ヴィトルドも尾いてくる。
「ズデンカさんのためなら、世界の果てまでいきますよ!」
ズデンはそれを無視してメルキオールを呼んだ。
「どこに隠れてる? 光球に灼かれて死んだか?」
「ここですよ」
ガサゴソとズデンカの近くの草叢が蠢き、メルキオールが顔を出した。
「無事か?」
「はい、ちょっと尻尾を火傷したぐらいです。危なかった……」
とメルキオールは尻尾を撫で擦っていた。
「やはりお前の言ったとおりだった。ピョートルの力は凄い。さっきまで空も飛べなかったのに……」
「ズデンカさんが耐え抜いたからですよ。普通のヴルダラクなら、砕け散っていたことでしょう」
「なんだと?」
ズデンカは驚きと怒りを同時に感じた。
「死ぬ可能性もあったのか?」
「もちろん。でも、それぐらい身体を張らないと強い力は手に入らない、そうでしょう?」
とメルキオールはヴィトルドへ視線を送った。
――ヴィトルドは雷にあたって力を得たと語っていたな。なら、あたしもその程度はやらないといけない訳か。
腑に落ちるような、騙されたような、何となく不愉快な気持ちになった。
「これからどうします?」
メルキオールは訊いた。
「出来る限り早くパヴィッチに戻る。そしてハウザーを殺す。ダーヴェルを殺す」
ズデンカは今の自分ならそれができるような気がしていた。
「なら早く行きましょう。空を飛んでね。あ、僕も多少は飛べますよ」
「お前もできるのかよ。なら、あたしを連れてきてくれたらよかったのに」
ズデンカは文句を言った。
「かつてのように身体を大きくすればそれもできますが、生憎……やりたくないもので」
少し気恥ずかしげに、メルキオールは面を伏せた。
「私ももちろんいきますよ! ズデンカさんの敵は私の敵です!」
ヴィトルドは訊くまでもないと言った感じだ。あとはパヴィッチで大蟻喰とその食客たるバルトロメウスと合流すれば五人になる。小さな戦力でしかないが、ルナを取り戻すことはできるかも知れない。
ズデンカは賭けることにした。
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