第五十二話 ひとさらい(3)
「いてて! だって、色んな人と会うと人は成長するっていうじゃないか」
ルナは言った。
「アホか。あってはならない出会い、どうでもいい出会いなんざ山程ある。関わる人間は限っていくに越したことはない」
ズデンカは本音を語った。
「ひとさらいですよ! ひとさらいですよ!」
女はズデンカを指差して、なおさら喚いている。
「ひとさらい。ふむふむ。なぜあなたの娘さんはさらわれたんですか?」
ルナが訊いた。
「朝起きたらいきなりいなくなっていたんです。跫音が家の前に聞こえる。追っていったらその女が、あたしの娘を連れて歩いているじゃありませんか」
女は意外と饒舌に説明した。
「その女というのがわたしのメイドですか。これは困ったものですね」
ルナは全くの他人事のように面白おかしく言った。
「あたしじゃねえよ。お前がおかしいだけだ」
ズデンカは決めつけた。
「いや、あたしゃちゃんと見たよ。あんたが娘の手を曳いて歩いているのをね」
女は答える。
「娘の名前は何だ?」
「ミラだよ」
「こいつはカミーユって言うんだ。ミラじゃねえよ」
ズデンカはカミーユを見て言った。
「勝手にあたしの娘の名前を変えないでおくれよ。あんたが何か適当に変えたんでしょ?」
「変えてねえだろ。こいつの生まれたままの名前だ。そうだろ? カミーユ」
ズデンカは訊いた。
カミーユは困惑していた。下を向いている。また人見知りな性格が顔を出したらしい。
「何か言ってやれよ……ったく」
ズデンカは悪態を吐いた。
――さっきまであれだけ口答えしてたのに、知らない人間が来るとすぐこうか。
だが、ズデンカは考え直した。
――誰でも分け隔てなく接することの出来るあたしやルナの方が異常なのかも知れない。
そこでまた考え直す。
――いや、ルナでさえハウザーの前では……いや、あたしだってダーヴェルの前では蛇に睨まれた蛙だった……。
結局、人間と限定せず、どんな存在でも恐怖を覚える対象は存在するし、存在して当たり前なのだ。
カミーユが今まで関わりのなかった存在を恐れるのは、別に咎めるようなことではないのかも知れないとズデンカは思い当たった。
「……」
「仕方ねえな。お前はさっさとあたしらの前から去れ! 今なら命だけは助けてやろう」
ズデンカは女に命じた。
「あたしを脅迫するのかい」
女は正気の人間のような口振りで言った。
「ああ。お前が去らないなら殺すぞ」
ズデンカは女を睨み続けた。
「……」
女は怯えた顔になって一歩二歩と退いた。
――やはり、恐怖は良いな。
ズデンカは思い至った。
人間が恐怖に怯えやすい生き物なら、それを利用してやるしかない。
言うことを聞かない相手を動かそうとすれば、恐怖で動かすしかないではないか。
ましてや今回、非は言い掛かりを付けてきた相手にあるのだ。
「まあまあ」
ルナが介入してきた。
「止めるな」
「別にいいじゃないか。改めて自己紹介をしましょう。わたしはルナ・ペルッツと申します。あなたのお名前は何て仰るんですか?」
ルナが訊いた。
「ドゥブラヴカだよ」
女は答えた。
「いい名前ですね」
「そうかい」
女は関心なさそうだった。
ルナの名前に関心がないとすればその者はあまりを本を読まないのだろうとズデンカは考えた。
ついさっき出会った軍隊の大佐のように、家族に本を読んでいる者もいないわけだ。
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