第四十八話 だれも完全ではない(2)

「はいはい! もちろんオッケーです!」


 ルナは頭を上下させていた。


 ルナは興味が惹かれれば誰にでもいていく悪癖がある。


 今までそれでややこしいことに巻き込まれた例も一度や二度ではない。


 ズデンカは憂慮した。


「ちょっと待て。お前誰だ?」


 ズデンカは詰問した。


「私は市長の妻アリダです。有名なルナ・ペルッツさまをお見かけしたので、ぜひお食事にお呼びしたく思いました」


 アリダは穏やかに言う。


「にしちゃあずいぶんさばけたなりだな」


 ズデンカは相手をジロジロ見ながら訊いた。


「はい、家庭菜園に励んでいますので。今の時期はあっという間に日焼けしてしまいます」


「そうか」


 ズデンカは黙った。


 とりあえずは無害そうだ。


「話が決まればいくとしましょう。あ、カミーユはもちろん来るよね? お腹も空いてるでしょ?」


 ぐるりと頭を巡らせてルナは言った。


「あ、はっ、はい!」


 カミーユがどもりながら応じる。


 ズデンカはまた不快な気分になった。ルナのわがままに押し切られたようなものだからだ。


 アリダとルナは並んで先に歩く。


――罠かも知れない。


ズデンカはあまり人を信用しない。ルナとだって長く距離を置いていたほどだ。


 街の中央部に位置するかたちで、巨大な褐色砂岩の建物が聳えていた。


――こりゃ、世襲だろうな。


 ズデンカは勘付いた。


 ゴルダヴァは他民族国家で、北部は近代化が進んでいるが、南部は旧態依然としたものだ。国を分割しようとする機運まで生じていると既に大戦前に出た『ゴルダヴァ地誌』にあった。


 ズデンカが人間だった頃には存在していた王国は百年前に解体され、民主制が取りいれられてはいるが、表向きだけで実際は大昔の縁故が幅を利かせている。


 恐らく裕福な地主か郷士、地方貴族の末裔だろう。


――ケッ。


 父親ゴルシャと似たものを感じて、ズデンカは厭な気分になった。


「さあさあ、お入りください」


 アリダが下知すると、しわしわの使用人が扉を開けて中へ招待した。


 応接間に通される。巨大な樫の木のテーブルがあった。前には深々とした安楽椅子が据え置かれている。


「ありがとうございます! 今まで道ならぬ道をさんざん歩かされてきましたから疲れましたよ」


 ルナはそう言ってドシリと腰を下ろした。


――礼を言えるだけましになったな。


 ズデンカは坐りはしなかった。代わりにカミーユに勧めた。


「お前も疲れてるだろ」


「いいんですか?」


 カミーユは少し怯えた様子で言う。


 人見知りなのだろう。


 今までの旅での様子からズデンカはよく理解していた。


「いいんだよ。むしろお前が坐るべきだ」


 ズデンカは椅子を引いてしました。


 カミーユも腰を掛ける。


「主人を呼びますのでお待ちください」


 アリダが出ていった。


「知らないやつの家に入ってはダメだ」


 ズデンカはため息交じりに言った。


「とか言いながら君も来てるでしょ」


 ルナはウインクした。


「お前が行くからだ」


 とズデンカが答えるのもよそに、


「それに」


 とルナはズデンカの持っている袋を指差した。


「彼が何か言いたそうだよ」


 モラクスだ。理由あって一行は牛の首に変じたこの悪魔を袋の中に入れて旅している。


 ズデンカは袋からモラクスを出した。


「臭い! 臭いぞ! これは、あれだ!」


――『鐘楼の悪魔』だ。


 ズデンカは気付いた。

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