第四十一話 踊る一寸法師(9)

 オドラデクが小人の家に入っていくとフランツとファキイルは樹の下で一切の言葉を交わさず夜が更けるまで待った。


「オドラデクから連絡は来そうか」


 やがてファキイルは訊いた。


「さあ」


 そうフランツはオドラデクが残していった二、三本の髪を見やった。


「これを置いていけば連絡ができるんですよぉ」


 とおどけた口調で語り置いて。


 やがて髪の毛は独りでに蠢き始め輪っかのようなかたちになり、やがて嵩を増して小さな壺へと姿を変えた。


 フランツはしゃがんでそこに耳を当てた。別にそうしろといわれたわけではないが、何となく直感でやったのだ。


「フランツさんフランツさん聞こえますかぁ」


 籠もってこそいるが陽気な声が響いてくる。


「何だこの芸当は?」


 フランツは訊いた。


「僕の内臓みたいなもんですよ。身体の一部を残しておくだけでそこへ転送できちゃうんです。だから中でぺちゃくちゃお喋りしないでも腹話術みたいにこっち側へ声だけ送ることが出来るんですよ」


「気持ち悪いな」


 フランツは耳を外した。


「うわーっ! 傷つくなぁ。せっかくフランツさんのために尽くしてるのにぃ」


「さっさと中の様子を知らせろ」


 フランツは急かした。


「ええとなんか凄いめんどくさい感じですね。セストさんと色々と話したんですが、よっぽどアメリーゴさんのことがお嫌いっぽいんです。話の端々から感じられますよ。とりあえず褒めに褒めときましたよ。今まであんまり話したことがなかったけど、アメリーゴさんは本当に立派でおいらがリーダに投票するとすればアメリーゴさんですよって。あ、そうそう、小人のリーダーは投票で選ばれるんですよ。あと一歩でセストさんはアメリーゴさんに及ばないそうで悔しくてならないみたいですよ。それにそれにアメリーゴさんの奥さんは昔はセストさんといい仲だったらしくて、取られたことも悔しくてならないそうですよ」


「やはりか」


 フランツは頷いた。こう言う輩は操りやすい。


「スワスティカの間のことも訊いたか」



「もちろんそれも。僕は抜け目ないんです。アメリーゴさんとセストさんは同じぐらいの年代で小人たちの中では最長老になるんだそうです。素直にしてるとお前は生まれてないだろうから色々教えてやると問わず語りしてくれたもんです。小人たちは多くのシエラフィータ族の拉致や暗殺も請け負っていたようですね。とくにヴィトカツイのムルナウやポトツキの収容所には大量に送っていたようです」


「……」


 ムルナウ収容所はフランツが幼い時にいた場所だ。


 たしかに多くのランドルフィ語を訊いた覚えがある。語学の苦手なフランツが訥々ながら話せるのはこの頃の経験が大きいのかも知れない。


――許さん。


 フランツは怒りの炎に薪がくべられた気分になった。


「で、この後何をすれば良いんです。なんか連中、焚き火の準備をしてますね。その周りで踊るとか言ってますよ……ちょっとまずいなあ。だってぼく、踊れないですもん」


「踊りか」


 フランツは鞄を開けてオペラグラスを取り出した。先日船に乗ったときも活用したものだ。


 遠くを見ると、確かに小人どもが家の前にうち集って材木を四角く置き篝火を始めているように見える。


「フランツさん、フランツさんってば、どうすればいいんです?」


 オドラデクの声は少し不安そうに聞こえた。


「とりあえず皆に紛れて外へ出ろ。俺も近くまでいく、合流だ」


 フランツは立ち上がった。


 そのまま歩き出す。


 ファキイルも何も言わず尾いてくるようだ。

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