第三十七話 愛の手紙(1)
――ヴィトカツイ王国南部ジンゲル付近
「ふぁー、よく寝たぁ!」
それでもなお大あくびをしながら
「もう昼過ぎだぞ。カミーユはとっくに戻っている」
ルナが目覚めるまで、ずっと二段寝台の上の段から良からぬことが起こらないよう見守っていたメイド兼従者兼馭者の
「いいんだよ。太古から偉大な人はロングスリーパーって相場が決まってる」
「そんな話聞いたこともないが」
ルナは無視して大きく手を振って先へ急いだ。
部屋に戻ると、先客がいた。
小柄な中年の女性だ。
貂の襟付きのコートを着ているが、この季節ならそろそろ暑くなるだろう。
さきほど停車した南部の巨大な駅、ジンゲルにて乗ってきたのだろうか。
ナイフ投げのカミーユ・ボレルは畏まった様子で、向かい合っていた。
「初めまして、わたし、ルナ・ペルッツと申します」
ルナは愉快そうに脱帽した。
「これはまあ、あの有名な。私ははヨハンナです。しばしの間どうぞ、よろしくお願いします」
老婦人は頭だけ軽く垂れて会釈する。
ルナは座席に腰を下ろした。
ズデンカも従った。
今度はルナと並ぶことが出来て少し安心する。
「どちらにお向かいですか?」
ルナは訊いた。
――流石にいきなり話をねだり始めたりはしないか。
ルナの空気の読めなさからすればそのようなことがあってもおかしくないので、ズデンカはハラハラと見守っていた。
「バーゾフです」
ヨハンナは答えた。
ゴルダヴァの更に南東に位置する小国だった。
生まれた国の近所の筈なのにズデンカは一度もいったことがない。
「何でそんなところまで」
「実は、私、何十年も文通をしておりまして、そのお相手に初めて会いに行きたいと思っていまして」
「なぜ今さらになって」
ルナのモノクルがきらりと光った。
綺譚の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
「実は私、もう病気で長くないんです。だから、まだ生きているうちに顔も知らないけどずっと手紙のやりとりをしていた相手に会ってみようと重い腰を上げて旅に出ることに致しました」
ヨハンナは夢見るように両手を握り合わせながら言った。
「もしかして、その相手は……」
ルナは少し含みを持たせて訊いた。
「はい。男性だと仰っています。もちろん、合ったことはないので、本当にそうか、その名前が偽りではないのかの保証はありませんけどね」
ヨハンナは丁寧に言葉を句切って話した。
「素敵な話ですね……」
思わずカミーユが漏らした。
「あっ。すみません! 私なんかが口を挟んじゃって! でも、一度も会っていないのに心は通じ合っているって、素敵じゃないですか! まるで少女小説みたいですよ!」
謝りながらも饒舌に語り出していた。
――こいつもだいぶルナの毒気に当てられたな。
ズデンカは内心苦笑していた。
「実に興味深い! 詳しくお話してくださいませんか」
ルナは懐から手帳を取り出した。
「はい、それでは」
穏やかな調子を崩さず、ヨハンナは語り始めた。
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