第二十五話 隊商(14)

 廊下の床板を軋らせて、大人数が進んでくる音が続いた。


 ズデンカはイライラしながらドアを開けた。


「どうした?」


「物々しく武装した行列が店の前で止まってるぜ」


 たくさんいるなかで、サーカス団員と思しき男が言った。


――襲撃か?


 ズデンカはイライラした。ルナの体調もまだまだ万全でないのに、大軍で襲いかかられたら、文字通り血路を開いて逃げないといけなくなる。


 デュレンマットでの一件のようなことはもうこりごりだった。


「なんでも、オルランド公の軍らしいぞ」


 他の団員が言った。


「オルランド?」


 少し遠いもののオルランドはラミュの隣国ではある。


 ラミュは中立国なので同盟関係にこそないが、軍の通行は許可を取れば可能なので来ること自体は可能だろう。


 しばらく考えた末、ルナの知り合いが一人いたことを思い出した。


――アデーレ・シュニッツラー。


 陸軍軍医総監。ズデンカはずいぶん久しぶりにその名前を思い出した気がした。


――実際最後に会って二ヶ月は経ってるしな。


「顔通ししてやるか」


 善(?)は急げとばかりに階段を降りて玄関まで歩いていった。


 途中で立ち止まる。


 アデーレが店内に上がり込み、両腕を組んで偉そうに立っていたからだ。


「貴様か」


 見下すような視線が、ズデンカを刺した。


 しかし、ズデンカは負けじと視線を刺し返した。


「ルナはどうした?」


 アデーレの鼻息は明らかに上がっていた。


「寝てる。まだ本調子じゃねえから騒ぐんじゃねえぞ」 


「相変わらず下品なメイドだな」


「下品で悪かったな」


 双方睨み合いのかたちだ。


「おやおや、アデーレじゃないか! 久しぶりだね」


 ルナが寝間着のまま降りてきた。


「アホか。部屋に籠もってろ」


 ズデンカは振り返って怒鳴った。


「ルナァ!」


 アデーレはズデンカを放置してルナに突進していった。


 ギュッと、きつく抱きしめ合う。


 ズデンカは顔を顰めた。


「ルナが、怪我をしたと風の噂で聞いて――い、いや、ラミュに公用もあったのだが、そのっ、ついででだなぁ……」


「ありがとうありがとう、こんなところまで来てくれて助かるよ。実は、わたし今狙われてるんだ」


「ねっ、狙われてるだと! 誰にだ?」


「まあ、悪いやつらさ。ともかくさ、ここにずっといる訳にもいかないし、途中までで良いからオルランド軍の護衛を付けてくれるとありがたいんだけど」


 ルナは誤魔化しながら、上目遣いでアデーレを見た。


「もっ、もちろん! ラミュ国内であれば、護衛を付けることも可能だぞ……と言うより! 予自らが一緒について行ってやろう!」


 ――勝手に話を決めやがってよ。


 いつもながらのことだが、ズデンカはため息を吐いた。


「じゃあ、お願いするよ」


 ルナは笑った。


「ペルッツさま」


 バルトルシャイティスとカミーユが降りてくる。


「いきなりですみませんが、ここを出発させて頂くことにしますよ。もちろん、約束通り、カミーユさんは連れていきます」


「はぁ……」


 カミーユはまた自信なさそうにうつむいた。


――足手まといになったりしなけりゃいいんだがな。


 ズデンカは睨み過ぎてしまわないよう注意しながらカミーユを見た。


「それではこれでしばしお別れですね。良い旅を」


 バルトルシャイティスは深々と一礼した。自分より低いためわからなかったが、ズデンカはバルトルシャイティスの身長は高い方だと気付いた。


 寂しさも孤独もその広い背で受け止めているかのようだった。


「あ、もちろん着替えはちゃんとしますよー!」


 そうキリッとしてみせるルナの襟首を掴み、ズデンカは階段まで引きずっていった。


――やれやれ。とんだ珍道中になったな。どうなることやら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る