第二十四話 氷の海のガレオン(3)

 フランツは梯子を伝ってベッドからのそのそと降りた。身体が芯から冷えきっていて、しばらくは寝床の中にいたかったが。


「やたら寒いな」


 フランツはもう一枚上に着るものが欲しくなった。


 そう言えば、ルナ・ペルッツも重ね着の名人だったような記憶がある。


「海が凍っちゃ、寒くもなるでしょう」


 さも当然のようにオドラデクが答えた。


「そんな馬鹿な」


 とは返したが、フランツもこれまで旅の途中で怪異とは何度か遭遇したこともあった。


――別に、そういうことがあってもおかしくないのかも知れない。


 とりあえず、オドラデクと連れ立って甲板へと辿る道を歩き始める。


 廊下はしんとしていて上から人の声が聞こえてきていた。


「みんな騒いでますよ。知りもせず眠りこけてたのはフランツさんぐらいだ」


「うるさい」


 フランツはイライラした。


「お。元気になった」


 オドラデクは微笑んだ。


 フランツは無言で歩みを進めた。


 階段を登る。


 オドラデクの言った通り、甲板には先ほどとはうって変わってたくさんの客が群らがっていた。


「氷だ! 氷だ!」


「この船、進んでないぞ!」


 口々に叫び合っている。


「通りにくいですね」


 とは言いながらもどんどんを人を押し除けて見通しの良い舳先の方へ進んでいくオドラデク。


 フランツは仕方なくその後に続いた。中にはさっき擦れ違ってはっとなった婦人たちの姿も含まれていた。


「見てください!」


 見晴らしの良い所まで辿り着いたとき、オドラデクはすでに船の外を指差していた。


 氷。


 あたり一面の海表がことごとく凍り、その間を甲虫が這い出してきたように蒸気船が乗り上げている。


「船体にどこも損傷はございません!」


 甲板を右往左往しながら船員たちが一生懸命説明している声が耳に入った。


「どうしてくれるんだ。このまま凍ったままだと期日通りに着けないじゃないか!」


「そうだそうだ。何日もこんなところで暮らしてみろ! 皆飢えて死ぬぞ」


 客は口々にわめき散らしていた。


「他のお客さまの迷惑です! なにとぞ置きをお鎮めくださいますよう」


 おそらく自分たちにも原因が見当たらないのだろうから、それしか説明できない船員たちは戸惑いながらも必死に客をなだめていた。


「じゃあ、いつ船はまた動くんだ? それを答えてくれよ!」


「私どもも、今のところはなんとも答えかねまして……」


 押し問答を続けている。


 それを横目に見ながらフランツは、


「氷の上に降りて調べてみよう」


 と言った。


「亀裂が入って海に落ちるかも知れませんよ。ぼくはともかく、フランツさんなら死んじゃうでしょう」


 オドラデクは正気かとでも言いたそうにフランツを見ていた。


 フランツの方もなぜ自分がそんなことをいきなり言ったのかはよくわからなかった。


 どうなってもいいと言う気持ちになっていたのは間違いない。だが逆に睡眠を取って少し落ち着いたこともあるだろうか。


――暗く沈み込んでいるときより、少し元気になったときに人は自殺しやすいと聞くが俺も同じように考えているのか。


 フランツは再び頭を振って邪念を追い払った。


「スワスティカ残党が関与してるかも知れないだろ」


 オドラデクの耳元で囁いた。


 「それもそうですね」


 納得したようだった。


「縄梯子はないか?」


 そうと決まれば二人はすぐに行動に移し始めた。

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