第十一話 詐欺師の楽園(12)

「ステラ! ステラ!」


 ガタガタと廊下で音がして、ステラが駆けつけてきた。


「何か用?」


「お腹が空いた。パンでも持ってきてよ」


 ステラはニヤリと笑った。


「一人でそんなことも出来ないんだ?」


 いつになく饒舌で、調子に乗ってる。ずかずかとベッドへ近付いて来た。


「今日から、双子になったからね」


「?」


 驚いたステラは毛布を退けた。


 そして、繋げられたわたしたちの姿に、しばらくの間絶句していた。


「誰にこんな風にされた?」


 「ハウザー」


 わたしは告げた。


「あいつ、殺してやる」


 ステラの握り締めた拳が震えていた。


 できるわけがない、とは心で思ったけど黙っていたよ。当時はまだ小さかったからね。


 ハウザーの顔はもう見たくもなかったけど、どうにかできる存在ではないことはよく分かっていたから。


 ふふふ、まるでどこぞのメイドみたいな反応だったね、ステラは。


「それより、お腹空いた。まずはご飯だよ」


「わかった。今すぐ持ってきてあげるから!」 


 ステラは走り出した。


 やってきたパンとスープをわたしはガツガツと飲み込んだ。熱かったけど、それより飢えの方が勝ったから。


「美味しい!」


「こんな状態でよく食べられるね」


 ステラは呆れていたよ。


 でも、ビビッシェはまるで食べられなかった。パンを渡しても、手から落としてしまう。


 起こった出来事があまりにも彼女にはショックすぎたらしい。


 いくら食べさせようとしても無駄だったよ。


 ビビッシェは日を追うごとにどんどん弱っていった。また肋骨が浮いて見えるようになってしまった。


 接合された傷跡の方の痛みはほとんど消えていたけど。


 そして、ハウザーがやってくる日が来た。実験室の鎧戸が開かれると、わたしは思わず目を逸らしてしまった。


 ずっと傍で世話してくれていたステラは非難がましい眼を向けたけど、ハウザーと視線が合ったら一瞬で黙った。


 強そうな親衛部の連中が周りに控えていたのもあるだろう。


 いまでも、わたしはハウザーの目がろくに見れない。手も震えて、考えが止まってしまう。


 今話した、そして、これから話す体験が大きいのかも知れないね。


 赤く燃えるような瞳、だけどその奥には何か冷ややかな、人を圧するものがあるのだろう。


「実験は失敗かぁ」


 力もなく横たわるビビッシェの頭を撫でながらハウザーは言った。


「まあ、代わりは幾らでもいる」


 手に持ったメスでその喉を裂こうとした。


「待って……」


 わたしは怯えながらも、声を掛けた。


「なんだ、もう姉としての感情が植え付けられたのかな? それにしては早いか」


「ビビッシェが死んだら、わたしも死ぬ」


 なぜか口を滑り出ていた。こんなこと言うつもりなかったのに。


「へえ?」


 ハウザーは何のことか分からないと言うように首を捻っていた。


「よく理解できないなぁ。生きる気力のある君という個体が死ぬなんて変な話だ」


 ハウザーはシエラフィータ族のことを人間として見なしていない。だから、いつも『個体』と呼んでいる。実験動物に感情があるなんて思いもしないのさ。

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