第十一話 詐欺師の楽園(6)
「あの本は人をおかしくする。存在していいもんじゃない」
ズデンカは言った。
「それは君たちの価値観に過ぎない。反対の考え方だってこの世にはある。ある街では町長が犯罪に巻き込まれて死亡し、大変なことになった。主婦の犯罪だとしていればこんな騒ぎにならなかったかも知れない。舞台に立つことを憧れる少女を弄んだと言う些細なことで才能ある劇作家は死ななければならなかった。孤独な男が犯罪を犯したとしてもそれは警察が解決する話だろう。ナンパにいちいち目くじらを立てていたら、世の中に出会いはなくなる。あまつさえ君たちに一夜の宿を提供した主人を殺すなんて。しかもポルノグラフィを作っていただけだ。大歓迎じゃないか。どれも素晴らしい、人間の営みだ。君たちは破壊ばかりしている、それが正義だとでも言うのか?」
「なるほど、あたしらの行いは全部お見通しな訳か」
ズデンカは苦く笑った。
「そういうことだね」
「何も間違ったことをしてきたつもりはねえさ。それが正義かは知らねえが」
「同じことだ。完全無欠の正しさなんて存在しない。正義の反対は悪ではなく、また別の正義だ。そして、正義はいつも暴走する。君たちや、あのシュルツとか言ったスワスティカ
「じゃあ、誰が白黒つけるんだ」
「白黒なんてつけなくていい。なるがままに任せておけば」
「それじゃあ誰も幸せにはならねえだろうがよ!」
ズデンカは叫んだ。
「不幸な人は不幸だし、幸せな人は幸せだ。幸不幸の基準なんて他人が決めることじゃない」
「不幸をばらまいておいてよく言うぜ」
「だから、それも人によって感じ方は変わるんだって。やっぱり、君たちは何かの物語の中にいるらしい。人間にはね、お話なんていらないんだ。身も蓋もない事実のほうが大事。例えば進化論のような。それに照らし合わせてみたら、やっぱり物事には優劣があるし、要らない命だって存在することが分かる」
「要らない命だと?」
「うん。人間は皆誰しも子孫を作る相手を選別している。男は顔の良い女に子供を産ませようとするし、女はそれに加えて社会的な地位のある男の子供を育てようとする。誰だって、片輪なんて産みたくない。それと同じことを、人類全体も人種に対して行うべきだ」
「やはり正体を現したな、お前はどうしようもないド屑だ。さっき正しさなんてないと言ったが、お前がそれを決められる立場か?」
「それが身も蓋もない事実だからだ。正しいか正しくないかじゃなく、ファクトかフェイクかの話だ。シエラフィータ族は普通の人々に恐怖と害しかもたらさない。何をするか分からない凶暴な存在を置いておけると思うか? 隔離されるのは仕方ない。シエラフィータ族は選別されるべきだ。もちろん、十分に『対話』を重ねた上でね」
「自分を殺してくるかも知れない相手と話なんかできるかよ」
ズデンカは冷ややかにハウザーを見つめた。
「俺が収容所で接した個体たちは、皆頷いてくれたよ」
「ただの『詐欺師』だな、お前は」
「よく言われるよ。ルツィドール」
ハウザーは指を鳴らした。
ズデンカは激しい打撃を食らった。反射的に肩を前に出して身を守ったが、それでも数メートルは吹き飛ばされ、樹の幹に激突して大きな穴を開けた。
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