第七話 美男薄情(9)いちゃこらタイム
「げぷう!」
ジョッキ一杯の
泊まっているホテルの一階に設けられた酒場の隅で飲んでいるのだ。
深夜近くのもっとも繁盛する時間帯だが、カエル騒ぎで怯えたのか他に客は誰もいなかった。
「行儀が悪い」
ズデンカは隣に立ったままだった。
「いいじゃないか。一人なんだし」
「あたしがいる」
「君は気にしないから」
ルナはオリーブの塩漬けを楊枝で刺して口に入れた。
「気にしてるぞ。誰よりもな」
「慣れだよ、慣れ」
「お前に慣らされてどうなる」
「わたし専属のメイドになれるさ」
「もうなってるぞ」
ルナは知らぬ顔でもぐもぐオリーブを食べていた。
「チーズが欲しい」
「注文しろ」
「してくれないの?」
「なんであたしが」
ルナは運ばれてきたジョッキをもう一杯空けた。
顔がほのかに赤くなっている。
「ひっく!」
ルナはしゃっくりをする。
「酒には弱いんだから飲むな」
「何でだぁ!」
ルナは立ち上がってズデンカと肩を組み引き寄せた。
――まーた始まったか。
ズデンカは渋い顔になった。ルナは酒癖がとても悪いのだ。この前ホフマンスタールでも人前で醜態を晒してしまった記憶が新しい。同席したヴィルヘルミーネは笑って許してくれたが……。
「君も飲めぇ!」
ルナはジョッキをズデンカへ差し出した。
「だから飲めねえって」
ズデンカは手で制した。
「付き合いが悪いやつだなあ!」
顔が真っ赤になったルナは叫んだ。
「今日わたしは嫌な思いしたんだぁ。だから飲みたくなったのさ!」
嫌な思いというのはアルチュールとカフェでした会話だろう。
表向きは涼しい顔をしていたが内心では相当苛ついていたのだろうなと考えるとズデンカはほくそ笑みを禁じ得なかった。
「飲む相手がいないと寂しいだろ。だから君も飲めぇ」
ズデンカはとにかく血液以外の物を口に入れないことにしている。
昔やった経験があるが、砂を口に詰られているように感じてすぐに吐いてしまったからだった。
――
「誰が飲むか!」
ズデンカは断固拒否した。
「じゃあわたしが飲んじゃうぞぉ! かんぱぁーい!」
ルナはそういってさらにもう一杯ジョッキを空にした。
「ひっくぅ!」
「おいおい、お前そろそろ良い加減にしとけよ」
その顔は真っ赤だった。ふらふらとした足どりでよろけながら三歩後退した。
そのまま坐り込んで食卓の上に突っ伏す。
「うっ……うっ」
ルナは身震いを始めた。
「やばいっ!」
ズデンカが急いで洗面器を取りに行こうと走りだしたその時だ。
「げろげろげろげええっ!」
ルナは盛大に吐いた。
「くそっ!」
ズデンカは駆け寄る。
「うっ、ううう……」
吐瀉物に横たわるルナは青い顔になっていた。
「申し訳ない、申し訳ない」
店員にペコペコ頭をさげながら雑巾を借り、ルナが吐いた物を綺麗に拭いていくズデンカ。
「気分悪い……」
「飲み過ぎるからだ」
ズデンカは冷徹にルナを見下した。その後で今日のカエルの化け物を思い出し、ルナが同じような勢いではいたことを連想すると思わず吹き出した。
「なに笑ってるんだよ」
ルナは唇を尖らした。
「さあな」
ズデンカは微笑みを絶やさず、ルナの頬を雑巾でぬぐった。
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