第六話 童貞(8)
「あたしに噛み付くとはいい度胸だなぁ!」
ズデンカはヤモリの頭を掴み、その口を両側へ大きく引き広げた。
そのまま強い勢いでねじ切ろうとするが、さすがのヤモリも顎の力は強く容易には出来ない。
焦ったズデンカがもつれ合ったまま、下へずり落ちそうになった時だ。
――鋭い銃声が響いた。
床に落ちたライフルを拾ったルナが、ヤモリの眉間を撃ち抜いていたのだ。
「しけた幻想に報いあれ」
額に黒い穴を穿たれ、天井に張り付いたままま、ヤモリの化け物は死んでいた。
「ルナ!」
と叫んだズデンカだったが、ふと思い立って、ヤモリの死骸へ腕を入れ、一冊の本を引きずり出した。
「やっぱり。こいつも『鐘楼の悪魔』を読んでいた」
本を抱え、座席の上へ落ちるズデンカ。
「燃やさなきゃ……」
ルナはぼんやりそう言ってズデンカの元へ歩いてきたが、突然ふらりと揺らめき倒れそうになった。
「ルナ!」
ズデンカはルナの身体を受け止め、額に手を当てた。
「凄い熱だ! だから早く帰れって言っただろうがよ」
「他にこんなものもあったよ」
ルナはそれを無視して、震える手で何枚かの紙束を差し出した。イヴォナの血で赤く染まっていたが。
「なんだよこれ」
「犯行声明文みたいだ……
捩れた筆跡で紙一面にびっしり書き込まれた文をズデンカはさっと目を通したが、
「妄想だな」
と一蹴した。
「ルナ、さあ帰るぞ」
ズデンカはルナを抱えながら、歩き出した。
出る際にズデンカは膝で本を折り、粉々に叩きつぶした。
紙屑がバラバラと宙を舞う。
死んで腹部を裂かれたヤモリは手足を天井に張り付き、眼を濁らせたまま動きを止めていた。
あたふたしながら理事長とアデーレがやってくる。
「メイド、貴様何を……」
「お前なんかと会わなけりゃよかった。ルナが死んだらどうしてくれる?」
ズデンカはアデーレを怒鳴り付け、先へ急いだ。腕の中でルナは目をつむりぐったりしていた。
廊下が長く感じられる。
「守れ……なかった」
魘されるようにルナはズデンカの耳元で呟いていた。
「馬鹿言え」
ズデンカは怒鳴った。
「お前が守る必要はない」
「……」
ルナは黙っていた。
多くの人間が大学の構内に押し寄せてきていた。警察の姿もあったがズデンカは身をかわした。
――早く帰りたい。
それだけが望みだった。
大分離れたところで、一軒の花屋の前を通り過ぎた。そこも警察官や野次馬で溢れていた。
花屋の店員が怯えながら事情聴取されている。
「お客さんは無口な人でした。私とは話さなかったんですけど、殺されたブランシュとは仲良かったんです……はい、なんでいきなりそんなことをしたのかぜんぜん分かりません。ブランシュ、今の彼氏とは上手くいってないらしくて……お客さんのこと、もっと知れたらいいのになって言ってましたよ」
ズデンカは声明文を思い出したが、すぐに記憶の隅に追いやった。
――構ってられるか。
ズデンカは先を急いだ。
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