第四話 一人舞台(6)

 女主人から教えて貰ったヴィルヘルミーネの下宿を目指す二人。


 本人らしき影が扉に消えていくのが目に入った。


「急ごう。嫌な予感がする」


 そう言うルナを横抱きにして物凄い速度で駆け抜けるズデンカ。


 周りの人々はビックリした顔で見つめていた。


 扉を蹴立てて開け、ルナを降ろして二階へ先に上がるズデンカ。


「おい待てよ! ヴィルヘルミーネだろ?」


 ヴィルヘルミーネは綺麗に整頓された部屋の窓辺に置かれた机にぐたりとなって上半身を預けていた。


 ルナも急いで部屋へ入ってきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。逃げるつもりはなかったんです。お二人を避けたくなかったんです。なのにっ!」


 ガタガタと震えながら泣き叫ぶような大声を上げていた。


「どうかしたの?」


 ルナはその肩に手を掛けようとした。


「近づかれるのが怖くって!」


 呻いてそれを避けるヴィルヘルミーネ。顔を見られたくなさそうに両腕の中に押し隠した。


「リヒテンシュタットに何かされたんだろ?」

「講座で起こったこと、言っちゃダメなんです。言ったらルナさまにも迷惑掛かるし、わたしも……」


「言わないと分からないだろうがよ!」


 ズデンカは勢い込んで言った。


「怖いんです。ずっと頭の中で繰り返されて、止まらなくて。言葉に出来なくなって、それをやろうとするとまた甦ってきちゃう。だからもう嫌! 本当は家の中にずっといたくないんです。考え込んでしまって。ずっと、触られているような気がしてしまって」


 ヴィルヘルミーネは両手で顔を覆った。


「考えちゃいけない! 何も考えないで」


 ルナも思わず叫んでいた。


「考えちゃいけない……いけない、いけない。そうだ……」


 ズデンカも止められないほどの早さで、机の上に登ったヴィルヘルミーネは、窓から外へ飛び下りた。


 ズデンカは何も言わずすぐに階段を駆け下り、ヴィルヘルミーネを追った。

 膝を開き、両手を押し広げるかたちでヴィルヘルミーネは石畳の上に倒れていた。幸い二階からだったのでさほど傷はなかったが、流れる血痕は泥と混じって点々と広がっていた。


 通行たちは驚いてあたふたしている。


「医者を呼べ!」


 ズデンカは怒鳴った。パン屋の女主人が走ってきた。


「何が起こったんですか?」


「ヴィルヘルミーネが飛び降りた!」


「ええっ!」


 急いで医者がやってきた。ヴィルヘルミーネは担ぎ上げられて一階の大家の部屋に寝かされた。


 気を失ったその顔は死人のように生気がなかった。

 ルナは起こっていることをただ見つめているばかりだった。


 静かに俯き、表情も変えずに。

 ズデンカはその肩を叩いた。


 「行くぞ」

 「うん」


 わざわざ言葉を交わさずとも、二人に行き先は分かっていた。


 ――リヒテンシュタットの元へだ。


 ヴィルヘルミーネが何をされたのかも二人には分かっていた。

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