第2章 第5部 第3話
「も、申し訳ございません。奔放な方でして……」
「ああ……我々の話の腰を折らぬよう、気を遣って頂いたのでしょう」
逞真は、先ほどまで更が腰を掛けていた、つまり灱炉環の横に、腰を下ろすのである。つまり更ががその距離感を許したということになる。
「コホン……」
咳払いを入れたのは、逞真である。
そして――――。
「灱炉環ちゃん怪我は無かったかい!?パパびっくりしたよ!まずは学園生活を十分楽しみなさいと言ったじゃ無いか!危ないと判断すれば、お断りすることも大事なんだよ?」
それはもう、開いた口が開かないほどの溺愛ぶりで、人目を憚らず灱炉環を抱きしめて頬ずりする始末である。
確かに、事は東雲家の第三位の命に関わる事態であり、東雲家からすれば一大事である。だがそれなれば、東雲家内の戦力で整えるべきであり、現地での人材調達といえば、聞こえはいいが、当然逞真の言うとおり、灱炉環には断る権利があるのだ。
感情で言葉を放つ訳にはいかないが、もう少し言葉は選ぶべきだと、流石に葉草は思う。しかし、子を思う親のその微笑ましすぎるその姿に、蛇草は呆れを通り越して、ため息に変わりそうになるが、それを押さえられるのが、蛇草である。
「あ……あの……」
「おっと、済まない。なにせ男四人で、漸くこの子が生まれまして、それでまぁ……、妻にも先立たれてしまいまして……」
逞真は自分の親馬鹿ぶりを、すこしだけ恥じてしまうが、その気持ちはどうにも抑えきれないようだ。現に暑苦しく頬ずりされた灱炉環も、メガネをメガネがズレてしまうほどの激しい感情表現に対して、困り顔をしながらも、決して嫌悪感を表さなかった。
彼女もまた、自分がどれほど愛されているのかを十分に理解しており、親子愛は十分といったところだ。
「この子は、子共の頃に事故をしておりまして、その影響か視力が落ちてしまいましてな。どうにも……」
そう言って、灱炉環の頭を撫でる逞真は、本当に灱炉環の事が心配であるようだ。
メガネを掛けるということに関しては、眼力が強すぎたりと色々な理由はある。だが能力の肉体活性化というものが彼等にある以上、元来近視を煩うほどの視力低下を招く事は少ない。
ただし、それも妙な話で、怪我であるなら治癒の能力である程度の回復は見込めるはずだ。
ともあれ、灱炉環が視力を多少なりとも煩っている事実は間違いない。
「だ、大丈夫でしたよ?距離感も問題無かったですし、先輩達も確りしておられましたし。赤銅家の本分は、ちゃんと果たして参りました」
灱炉環は照れながら、そのときの一体感を思い出しながら、モジモジとして話始める。
「そうかそうかぁ!灱炉環ちゃんは、本当にママに似て、確りさんだねぇ!」
そして、またもや溺愛タイムである。
「けどまぁ……無茶はしちゃだめだよ?ん?」
「あ……はい……」
そう言われた瞬間。灱炉環の返事は沈んでしまう。
「ふぅ……」
色々思うところはあるが、灱炉環に怪我は無かった。それに今回の出動において、何かを取り繕っている様子も無く、疲弊をしている様子もないことから、逞真としても、事を荒立てる事をせず、話を収めようと思い、一つ呼吸をおく。
ましてや、東雲家の人間までに顔を出されては、不問としないわけにはいかない。
「これ、君ももうよい。恐らく今回の責任を大きく感じておるのだろうが、灱炉環ちゃんがこうして元気で戻ってきたのだ。儂としても以後気をつけてもらえれば、それで良い」
しかし、鼬鼠は眉間にしわを寄せながら、唇をかみしめ、その場から動くことはない。
「ん?」
反応がないわけではないのだ、聞いていないわけでもない。それは解るわけではない。だがそれでも動こうとしない鼬鼠に対して、逞真は訝しむ。
そして、鼬鼠は深々と頭を下げ、土下座をするのである。
「これこれ!これ以上、頭を下げられては、儂が悪者のようになてしまうではないか」
逞真は慌てて、腰を上げ、鼬鼠のそれを諫めようとするのだが――。
「オレは……その、赤銅さんの、その娘さんに……断りもなく……手を出してしまいました」
「ん?手を……?」
しかし、灱炉環に怪我がある様子はない、それどころかこの場に居る灱炉環は、非常に温和であり、緊張しながらも、場においてはおびえる様子などどこにもない。
「お父様、申し訳ございません!この愚弟が、その……お嬢様を……その、純血を……汚してしまいました……」
蛇草も鼬鼠の横にに並び頭を深々と下げる。
「汚されてなどありません!その……とても……大事にして頂きました……」
灱炉環も鼬鼠の横に並び、静かに頭を下げる。
「……んな!ん……だと?」
頭に血が上せ、平衡感覚と思考が狂うほど、逞真は頭がグルグルと回る。
「貴様!灱炉環ちゃんを弄んだのか!」
「やめてください!お父様!」
灱炉環が何よりも嫌悪したのは、二人の気持ちを踏みにじる言動だった。だから鼬鼠も言葉を濁したのだ。その手の言葉を口にすることが、何より灱炉環を汚した事になると思ったからだ。だが彼女の純血を奪った事は確かだ。
「鼬鼠さん!」
「申し訳ございません!」
憤りに対して語彙が追いつかない。そして蛇草は、言葉にして謝るしか無かった。何より、誰よりも誰かを守ろうとする彼女らしい対応であり、苦しい弟の胸の内でさえ、彼女は理解し、その代弁者となる事を厭わないのだ。
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