第2章 第4部 第20話

 場面は、東雲家に戻る。

 新はベッドの上で、静養をしていた。

 身体的に何か問題があったわけではない。だが、やはり精神的に相当参っていた。自分が信じていた東雲家の力というものが、その場ではなんの力にもならなかったのだ。

 所詮それは世間知らずな彼女の思い込みであり、身内だけに通じる東雲家という権威だったということだ。

 彼女が持てる手札は、側にいた雲林院というたった一人の衛士だけだったのである。それがどれだけ危険な状況だったのか、今更ながら恐ろしい。

 

 「ああ……」


 思い出すだけで参ってしまう。


 あのとき彼女自身に何があったのか?。

 そう彼女自身も幻術に掛かっていたのだ。指を時間ごとに落とされるという、身の毛もよだつ恐ろしいものだ。


 彼女が幻術から解放された理由は、精神的に限界に達しようとしていたからに他ならない。


 泰山の里の者達が、場合によっては、東雲家との全面抗争を厭わなかった事もまた事実で、おそらく東雲家の通常戦力であるなら、それは泥沼の結果に陥っていた可能性がある。


 蛇草が選んだのは、至って少数精鋭で、その圧倒的戦力差、および最小限の統率により、意図せぬ衝突による、二次的感情を防ぐ事だった。


 二次的感情とは、本来意図せぬ死傷者により、どちらが先にそこへ到達させたか?というものである。


 誰かが手を出したからそうなった?という単純ないざこざから始まる、解決しようのない不毛な争いである。


 勿論問題の起点は、新が泰山の里に訪問したことによるのだが、始まった抗争の中では、その議論そのものが、もう無意味なのだ。

 

 まさに負のスパイラルというやつだ。


 卵が先か、鶏が先か。そんなことを延々繰り返し、最終的には、待避か殲滅化の二択となる。

 

 新が身体的に障害を負うということになると、その傷は永遠に東雲家に残されることになる。いずれ彼女を支持する者達が、その報復に出ることも考え得る。そしてそれは、延々と家内にくすぶり続けることとなるのだ。

 

 「どうですか?」


 そんな、新のもとに現れたのは、蛇草である。


 「蛇草ちゃん!」


 蛇草が現れると、新はベッドの上から目一杯両手を伸ばして、早く自分を抱擁するように新は求めるのだ。


 「はい……」


 新に求められ、蛇草は彼女に近づき、落ち着いてベッドに腰を掛けてからしっかりと彼女を抱き留めるのである。


 「怖かった……」

 「ええ……解ります。ですから、ご無理はされないように……」

 「うん……」

 

 新が依存的なほどに蛇草に素直になれたのは、それが本来二人の持っていた絆だからだ。

 

 二人の関係を拗らせたのは、当時、新の次期、東雲家相続権の第二位の地位から三位へと下がったことにある。新自身も地位が下がった事に対しては、固執はしていなかった。


 だが、婚外子である天野美逆の存在が発覚し、東雲家の家督争いにおいて、大きな溝を作った事により、東雲家が揺らぎかけたのだ。


 美逆の母は能力者であり、彼女は東雲家から失踪し、彼を産んだことになる。

 美逆の能力は闇系統であり、家督相続のために当時の頭首つまり、新達の父が、能力によりたぶらかされたのではないかと、随分囁かれたものだ。


 現に能力者により、家内が乱されたという打算的な決着で、問題は納められることとなり、最終的に、美逆の母は相続権を放棄している。

 

 だが、東雲家の血を引いている事は、紛れもない事実で、不逞の婚外子でる天野美逆が、第二位を保有していることが、純粋に許せない事実として、新の心底で燻り続けていたのだ。


 同時に、実父にも不信感を募らせる事になるが、東雲家の継承は、霞にされ、今に至る。


 だが、彼のブレーンを務めるのは、蛇草である。またもや能力者である。


 蛇草は闇の能力者ではないが、新の中では負の感情が渦巻いてならなかった。そのときから彼女の中において、能力者は道具以上のものでは無くなったのだ。


 道具が主に感情を持ち、共に並ぶことが、けがれ意外に他ならないと、彼女の中の憎悪は渦巻き続けるのである。

 

 しかし、今は違う。


 勿論それは、彼女が不安の中で縋った、非常に身勝手な思いであるのだが、蛇草は自分の生首に偽装された、布きれを胸に抱きしめ、酷く取り乱し、名を呼び、泣き崩れてしまったのである。


 自分との関係において、随分溝があったはずだ。


 勿論それは、新が一方的に仕向けた蛇草への感情だ。それがために、蛇草にも酷い言葉を浴びせたことがある。それでも彼女は昔と変わらず、自分を慕い年甲斐も無く、嗚咽をあげて泣いていた。


 東雲家随一と呼ばれるほどの彼女が、遙かに格下だと思われる闇術に落ちてしまうほどに取り乱し、一心に自分の事を思い涙に暮れたその姿は未だに忘れられない。

 そして互いに無事であると確信した時に交わされた抱擁が忘れられない。

 

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