第2章 第4部 第16話

 そんな灱炉環の背中には小さな天使の羽根が描かれており、彼女は既に覚醒痣を持っている。交流はあるが、共にこうして肌を晒すことは初めてである。

 覚醒痣というものは、場合によっては秘匿にされることもあり、鋭児の鳳凰はあまり、おおっぴらにしてよいものではない。腕にまで広がるその大きな痣は、あまりに大きすぎ、畏れの対象になりかねないのだ。

 

 「チクショウ、トロ子は、なんかムチムチだよな……ンで、ヤラシクね?」


 灱炉環は前こそ隠しているものの、当然それ以外の部分は露わであり、煌壮は自分と比べて、少々悔しがる。


 「そ……そんなことないよ!?キラちゃんは、ちょっと隠すとかしないと……」


 煌壮は本当に華奢だ。その分、背中の九尾が大きく見える。九尾とはまた、伝説の神獣である。


 「えー?トロ子と二人だけじゃん、ほら背中……」

 「う……うん」


 そう言いつつも、二人で背中の流しあいをするのだ。灱炉環のことを肉付きの良い身体と言った煌壮だったが、それでも身体を動かしているだけあって、彼女のウエストはしっかりと括れている。


 「けど、トロ子が覚醒痣持ってるとか、ちょっと出し抜かれた感じだなぁ、いつ頃から?」


 「高等部上がる前……くらいかな。へへへ」

 「そうか。伊達にヤラシク育ってないわけだな。あーあ、オレももう少し身長ほしいなぁ、どれどれ……」


 煌壮は早速灱炉環の味見といくのだ。


 「あはは、くすぐったいよ!」

 「やっぱ、焔姉と比べたら、トロ子は、それなりだな。身長もオレとあんまかわんないし」


 それでも大きく見えるのは、身長的なバランスによるものなのだと思う煌壮だったが。それでもほどほどに、その弾みを堪能するのである。


 「き……キラちゃんも、着痩せするけど、そんな小さくは……ないと……思う……よ?」

 「おい……。躊躇ったら、悲しいからやめろよ」


 そう言って、今度は選手交代である。

 灱炉環から見ても、間近で見る煌壮の肩や背中、腰まで本当に華奢である。


 「あーあ。焔姉ほどとは言わねーけど、せめて千霧さんくらいは、ほしいよな」


 そういって、煌壮は遠慮がちな灱炉環の手を、自分の胸元に押し当てる。要は返礼というわけだ。


 「前炎皇様じゃ……ないんだ?」


 小ぶりであるが、それはそれでほんのりとした柔らかさがありに、灱炉環の方が照れてしまうのである。


 「だって、回し蹴りしたらオッパイの遠心力で、身体振り回されるっていってたぜ?慣性の法則とかいって」

 「え……あ、うん」


 確かに、そうかもしれないが、そこまで振り回されることは、灱炉環もない。


 「それあって、あんだけ体幹しっかりしてんだから、あの人やっぱバケモノだよなぁ」


 確かに長く付き合っている自分の身体なのだから、コントロールは出来るのであろうが、それでも人間の動きを凌ぐ彼等の戦闘に対し、自然の物理法則は何ら変わりなく等しく影響を及ぼす。

 

 「あら、女の子同士、楽しそうね」


 そう言って、浴場に現れたのは、更である。


 「あ……と、新さんじゃないほう……」

 「解るの?」

 「微弱だけど、気の流れが違うから……」


 振り返った煌壮は、灱炉環と揃い、軽くお辞儀をする。すると、灱炉環は急に落ち着き無くなってしまう。


 「ああ、女の子同士の秘密……ね?」


 まるで自分がその年齢であるかのような厚かましさと、図々しさは東雲更であり、その当たりの揺らぎのなさや、迷いのなさは、新とは全く違う。

 双子といえど、精神状態で見られる微弱電流のようなそれは、能力者で無くとも感じて取れる。


 「俺はいいけど、トロ子はほら……」

 「そうね。でも翔君は、彼女を評価してたみたいだけど……っと、これも極秘か……」


 そう言って、更もストンと腰を下ろす。

 すると、煌壮は何も言わず更の身体を洗い始めるのだ。このあたりは、焔と流しあいをしている煌壮なので、なかなか心得ていた。


 「まぁ、不知火は男系家系だから、こういうことあんまないっすけど、東雲の家の人は、こう言うの多いんですか?」


 「そうね。蛇草ちゃんとはよくお風呂に入るわね。そちらも殿方同士でも、あると思うけど、違うのかしら?」

 「オレは女子だから解らないですけど、いや、意識して別ってこともないと思いますけど、わざわざ足を運びに来る人ってのは、奥方様には無いですかね。別に壁があるって訳でもないですけど……」

 

 これは、不知火家と東雲家での家族的付き合いの差とでもいうのだろうか。

 いや、更という人間が少々風変わりであると言うべきなのか。

 そもそも彼女は、東雲家の第四位であり、身柄としては新よりも少し自由ということもある。しかし彼女の自由さは、それが東雲霞という家長の考えから来ていることは言うまでもない。


 「最近は、あまり三人並んでこうすることもなかっかのよ」


 それは間違い無く、本来語るべきではない、東雲家の痴情である。勿論煌壮や灱炉環には、新の方向聖など解る訳もない。

 ただ、煌壮などは、何と無しにぼんやりと、そういう事情があるのだろうと察するのだ。このあたりは、不知火家にいる彼女の感覚であり、それを理解せずに聞いている灱炉環とは、訳が違った。

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