第2章 第4部 第14話
すると新は、身体を震え上がらせ、蛇草にしがみつくのである。
「ふむ……ちと、クスリが効き過ぎたようだな。そちらの謝罪は、もう少し落ち着いた頃でええ」
「はい……」
蛇草が、軽く頭を下げる。
「にしても、一番この中で手練れでろう人が、あんな幻術に惑わされるとは、よほど心を乱したようですな」
そう言われてしまうとは、蛇草は恥ずかしい限りだが、こればかりはどうしようも無いことだ。逆に言えば、彼女がそういう女性であり、如何に東雲新という人間を大事に思って居るのか?ということが、実によく解ることでもあるのだ。
「お恥ずかしい……限りです……」
ただ、それが同時に自分の精神的な未熟さだと、捉える蛇草だった。
譬えそれが、蛇草の人としての長所であったとしても、指揮官としては致命的である。だが、そんな蛇草だからこそ、千霧にしろ鋭児にしろ、彼女を慕っているのだ。
「ふむ……」
長老は少し思案する。
まず、村の男手はこの騒動でほほぼ駆り出されてしまっている。女子供屋内に籠もってはいたが、それでも眠れぬ夜になってしまったのは事実だ。
事と場合によては、里は根絶やしにされかねなかったのだ。精神的な疲労はピークであるし、新の言動は許しがたいこともある。
鼬鼠が頭を下げた事で、上層部としては溜飲を下げる意向にあっても、今直ちに彼等を賓客としてもてなす事は難しい。
「今日の所は、引いてもらえますかな。こちらとしても場を整えたいのでな」
場とは何も空間的な意味だけに止まらないことは、蛇草もすぐに理解出来る。
その後、煌壮が一走りすることになる。車を里内に誘導するためである。鋭児達はともかく、新は完全に蛇草に依存してしまっており、彼女は身動きすら取れなくなってしまっている。
事実直線での行動は、煌壮が一番身軽で早い。十数分もすると、里に彼等の乗り付けた車が、煌壮に誘導され彼等のいる里の本家に着けられることになる。
新と共にやってきた雲林院と、彼女を送迎していた車両とその運転手も解放されることとなる。結局の所、彼等も拘束されていたが、特に怪我は無かった。
このとき、鼬鼠は雲林院が一芝居打ったことに気がつく。
いや、新を危険に晒さないための、最良の一手だったが、だからこそ新に対して無言の戒めを、彼は実行したのだ。
新に仕える雲林院なら、彼女の生命をまず第一に考え、このような失態になる前に、自分の命を引き換えにしても、回避したであろう。
そして、大人しく拘束されている彼でもないだろう。若い鼬鼠からすれば、今一思考も読めず、信用しがたい所はあるのだが、それでも新に対する忠誠心は、まず彼をおいて、右に出る者がいないのも確かだ。
「あ~、また鮨詰めかぁ」
走り終えた煌壮は、気が緩んだためか、思わずそんな一言を口にするのである。
その話をすると、灱炉環も若干照れてしまう。なにせ四時間ほども、ずっと鼬鼠の膝上だったのだ。ただどうみてもそこに、否定の要素はない。
「え……っと?」
そういえば、精々四人程度が乗れる程度のセダンに、六人も乗っていたのかと千霧は頭をひねる。そもそもそれは、道路交通法における定員外乗車違反となり、道中の警邏に引っかかれば、いかな彼等でも足止めを食らう事になり兼ねない。
しかし、千霧はその不思議を煌壮に視線を送り訪ねる。
「えっと、オレは鋭児兄の膝の上で、トロ子は鼬鼠先輩の……」
「その……お借りしました……」
灱炉環はその感触を反芻しながらモジモジとしている。諄いようだが照れてはいるが、決して否定の意味は無い。
「え……鋭児さんの膝上……ですか」
千霧がオロオロとし始める。そして興味津々である。
「す……座り心地は……」
「わ……悪くなかったんだけど……ほら、鋭児兄も男だからさ、ほら……うん」
そう言われてしまうと、鋭児もそっぽを向いてしまう。
そして煌壮が何を言おうとしているのかを十分理解してしまう千霧だが、それを言っている煌壮もあまり否定的な感情を示してはいない。
「オラ、一台目は、姉貴、新さん、雲林院さん。二台目は……」
鼬鼠がその場を仕切り始める。
それでも、鼬鼠は千霧に気を配っており。新の乗ってきた車両を含め三台あるため、席は十分に確保されている。
鼬鼠の乗る車は、彼自身を含め、秋山、乾風、灱炉環となり、秋山が助手席となり、鼬鼠は乾風と灱炉環の間に座る事になる。
残念ながら、鋭児の膝上という夢はなくなってしまったが、そんな機会はいくらでもある。ただ、鋭児と合うたびに、千霧は彼の首元に、頬ずりをする挨拶は変わらず、車両に乗り込むと同時に、愛おしさをアピールするのである。
「千霧さんは、甘えん坊さんだな」
煌壮は、鋭児のためなら、鬼神にでもなろう年上の彼女が、そうして頬ずりする姿が、なんとも年齢よりも幼く思え、大きな子猫のように思えてしまう。
「落ち着くのです。こうすると……、煌壮さんもいかがですか?」
「え~?いいや。それより、眠たい……」
そう言って、煌壮は甘えるよりも、鋭児の肩に凭れかかり寝目を閉じてしまうのである。それでもしっかりと鋭児の腕には、絡んでいるのだ。
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