第2章 第3部 第12話
数日が経つ。
順位戦まで一週間ほど前というところで、ゴールデンウィーク明けという所から、場面は始まる。
鋭児は――――――――――――暇だった。
理由はいくつかある。
一つは、間違い無く焔と演じたあの試合が原因だ。もう一つは、焔と鋭児では状況がまるで違うということ。そして鋭児の前に晃平という砦があるということ。
最後に関しては、迷惑を被っている晃平だが、同時に厚木晃平という男の株が益々上がる始末となっており、彼の周囲は大喜びである。
ただ、そんな中晃平からまたもや、一つの話が鋭児に持ち込まれていた。
それは、自分達が指導に出向くという話しである。これまでは、下のものが相手を探し、挑戦し勝利していくという、下剋上方式であったが、鋭児クラスになってしまうと、挑む相手も限られており、恐らく自分も二年の二学期ともなれば、ほぼ挑んでくる相手がいなくなるだろうということからだ。
下剋上という方式は、学校の方針であるため、簡単に変えられるものではないが、ただ待っているというよりは、指導という目的で下級生のところへ出向くのも悪い話ではないということらしい。
重吾や緋口などは、比較的実力も近く、切磋琢磨となるが、晃平も晃平で鋭児ほどではなくとも、頭一つ抜きん出た存在となってしまっている。
なにも時間を持て余す事もないのだ。
鋭児は晃平とそんな話をしていた所だった。
煌壮と灱炉環が現れる。
「あー授業だりー……」
そう言うと、煌壮は鋭児の横に座る。メニューは矢張りオムライスである。灱炉環は煌壮の正面に座ると、鋭児に頭をペコリと下げるのである。
「で?煌壮、加村先生のとこ寄った?」
「あーうん。違和感出たら、直ぐに顔出せってさ、一応動いていいって」
「そか……」
順位戦までは安静にということだったが、それは一週間ほど早い回復で、煌壮の望み通りになったというわけだ。
端から見れば、鋭児と煌壮のギクシャクとした関係が無くなっていることに、違和感を感じることだろう。といっても、間近で見ているのは晃平と静音くらいであり、煌壮サイドで言えば灱炉環くらいなものだ。
「それよかさー、なんか身体がフワフワするってか、なんか変な感じなんだよなー……」
煌壮は若干落ち着きがなさそうである。
「ふーん……」
鋭児はそう言って、煌壮の額に手を伸ばすと、煌壮は特段反発する様子も無く、素直に鋭児に額を触らせる。鋭児は触れてみたが、煌壮の額は特に熱を持っている様子も無く、どちらかというと、鋭児の体温の方が高いくらいだ。
そして、煌壮はお構いなしにオムライスをパクパクと食べ始めるのである。
「鋭児君……まさか……」
静音はあらぬ想像をする。吹雪と焔という二巨頭を制覇し、それに飽き足らず年下女子にも手を出したのかと、ソワソワとし出すのである。
「違いますから!」
「オレは、鋭児兄の正式な弟子になったんだ。意地だけじゃ強くなれねぇ。それに……いや、何でもねぇ」
静音のひそひそ声は、煌壮にも聞こえていたし、煌壮も誤解はされたくはなかった。自分の意思を無視して、関係をかき回されたくないのだ。
だが、言いかけて引っ込めた言葉もある。
「ものたりねぇ……」
煌壮はオムライスを食べて尚そう言うのだ。しかも、まだ全部食べきってはいないというのに、そう言うのだ。
「また近々な」
「うん……」
鋭児はその意味が良く理解出来ていた。そして鋭児の返事も、煌壮は十分理解している。
「じゃぁ鋭児、順位戦終了当たりから、週二回くらいでやってみないか?」
「そう……だな」
気を引き締めていない者が振り落とされる。努力を欠いた者が抜かれる。当たり前の話なのだが、その密度をより高める溜の話だ。
先に食べ終えた晃平と静音は席を立ち、食堂を出て行くのである。
「何の話?」
「ああ、飯食ったら部屋で話すよ」
「ふうん。解った」
鋭児と煌壮の会話は非常に簡素だった。それは食事をしているというのも関係していたが、それでも煌壮が鋭児に対して、相当素直な態度を見せていることは、灱炉環から見ても十分見て取れるものがあり、彼女としてはほっと胸をなで下ろす一幕でもあった。
それから、談笑しながら食堂を去って行く晃平と静音の後ろ姿を何となく見つめていた。
「気になる?」
鋭児は灱炉環の視線の方向を見ながらそう言う。
灱炉環はイヤに興味津々であり、すっかりそれに釘付けなようすが、あからさまである。
「エヘヘ。なんかいいなぁって。厚木先輩の方が年下だけど、対等でなんか大人びてて……」
「トロ子はオトメだからな……」
「キラちゃんがサバサバしすぎなんだよ!」
照れながら、モジモジと二人の恋愛事情を想像している灱炉環は、見ていて和むものがあり、トゲの無い彼女の空気は、確かに敏感な煌壮にとって、良い影響だったのだろう。
柔和で裏表が無く、どことなくのほほんとしている。
だが、それでも彼女は第一クラスに所属しているのである。乙女チックな彼女ではあるが、そうであるには、なにかしら確りとした理由があるのだろうと、鋭児は考える。
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