第2章 第2部 第19話
ソフトクリームを食べ歩きながら、煌壮がとある場所で鋭児の腕を引っ張り、立ち止まる。
そこはファミレスの前である。それが珍しいのだろうか?と鋭児は思う。確かに焔達の所までには、それほど急ぐ事もない。
「身体冷えた……」
ソフトクリームを食べて置いて、今度は身体が冷えたという。どれだけ行動が無計画なのだろうと鋭児は思ったが、それが単なる口実であることが直ぐに解る。
折角街に出てきたのだから、まぁそれもいい。鋭児はそう思うのだった。
彼自身も、東雲家に出入りするようになって思う事だが、確かに欲しい物を手に入れることは出来るし、衣食住に困ることはない。
しかし、それは直ちにという訳にはいかないものが多い。
食事に関しては、割と望むものが、庫内に補充されていることはおおいが、同じ食事と言っても、庶民の味ではない。
当たり前だが、高級志向なのである。
コンビニエンスストアで得られるような、手軽さもないし、当然ファミリーレストランで得られる気楽さもない。
尤も、煌壮はコーヒーの味わいが解るほど大人びてはいない。
ただ、ファミレスで手頃に暖かい飲み物となれば、ホットコーヒーだ。
ミルクとスティックシュガーは、好みの分量だけということになるが、煌壮はコーヒーミルクを2パック、スティックシュガーを二本といった具合だ。
ただ、それでは折角のコーヒーも冷めてしまうというものだ。
二人は、朝の閑散としたファミレスの一角に腰を下ろす。
窓際の席に向かい合って、窓外に流れる車を何となく、煌壮は眺めているのだ。
「オレさ、実は外って初めてなんだよな」
煌壮はそう言う。彼女は幼い頃に、不知火家に引き取られて、それから不自由なく過ごしていた。自分が能力者だということは、その頃から自覚しており、跳ねっ返りだった彼女は、周囲になじめず、それでも不知火老人の目に止まり、今の彼女がいる。
煌壮が周囲よりも、頭一つ抜きん出ているのは確かだ。
現に学園に入っても、たった一度倒れるまで、根を上げず、勝負を受け続けたのだ。それが本来の彼女なのだろうと、鋭児も思う。
「缶蹴り楽しかったな……」
「ん?ああ。そうだな」
鋭児は、パンパンに腫れ上がった缶ジュースを思い出す。幸い破裂せずに済んだが、後もう少し遊び続けていれば、内部からの圧力に絶えきれず、破裂していたかも知れないと思うと、妙におかしくなるのだ。
命のやり取りをするほどの勝負をしているというのに、そんな小さな出来事で、ハラハラするものなのだなと思うと、新鮮味もあった。
「あのさ」
「ん?」
「あんまり、自分で蒸し返したくはないんだけど、オレお前と千霧さんに、腰抜かしたろ?」
「ああ。そう……だな」
煌壮は窓の外を見たまま、視線を鋭児に合わせない。
それはそうだろう、あの時彼女は失禁してしまったのだ。確かにそれは蒸し返したくないことだ。それでも彼女はそれを話そうとしている。
「あれって、今日のオムライスと、満更関係のないことでもないんだよな」
煌壮が何を言いたいのかは解らないが、鋭児は黙って彼女の話を聞こうと思った。何気なくコーヒーを一啜りして、カップを置く。
鋭児にはそのつもりはなかったのだが、まるで話の結論を求めるかのように、コトンと、カップの置かれる音だけが、ハッキリと煌壮にも聞こえた。
煌壮は、正面を向いてコーヒーを飲む。
「鋭児兄の作るオムライスは、吹雪さんと千霧さんの作る奴より、段違いに下手だった」
煌壮の鋭児に対する呼び方が明らかに変わった瞬間でもあった。継承が非常に柔らかいモノとなっている。そして、イヤミになるはずの言葉を脈絡無く口にしたはずなのに、それに対して余り腹立たしさは無かった。
確かにその通りだし、鋭児自身も、吹雪と比較してしまえば、たまにしか作らない自分の拙い料理の中で、更に新たなチャレンジとなるのだから、それは否定しようのない事実である。
「でさ、吹雪さんのアレは、鋭児兄を思って作ったやつだって、直ぐ解ったよ」
それは、あの場でも、煌壮が口にしていた。意識しなくても気がそこに込められており、煌壮は、それを感じるセンスが他者よりずば抜けているのだと。
「ケドさ、あん中で、どれが一番オレのこと思って作ってくれたのかっていうと、鋭児兄の奴だった。形も味もまだまだだけど。あれ……また食べたいな……」
そう言われると、鋭児もふっと、肩の力が抜けて、煌壮が意地を張るのを止めたのを知る。
ただ、それが話の核心ではないのだろう。それも話したい事の一つなのだろうが、彼女が腰を抜かしたという件がまだだ。
「それで、オレが腰を抜かしたとき。鋭児兄は、焔姉のことで頭一杯だったろ?」
「ん?ああ、そうだな」
それに関しては本当に煌壮には、申し訳のない事をしたと鋭児は思う。だが煌壮の言葉の柔和さから、話の本題はそこではないのだ。
「もう、早く焔姉に合わせろ!って、そのオーラが、メチャクチャデカい火の鳥になってさ、こう……ぶわぁって、メチャクチャ怖くてさ……」
煌壮は急に両腕を大げさに広げて、自分のイメージを鋭児に訴えるのだ。
ただ、矢張りあの時のことは恥ずかしいらしく、目を閉じて視線を合わせない。
「千霧さんもそうだった……鋭児兄を傷つけようとした!ってメチャクチャ怒ってて……、雷神拳だっけ。なんかもう仁王像みたいなのが、オレを睨み付けるんだよ……。オレちっせぇなって……惨めだった。まぁ実際ナリもこんななんだけどさ」
煌壮は自分の体格が他者より劣っていることを知っている。ただそれ自体は割り切っていて、鋭児と視線を合わせないまでも、口元は笑っている。
煌壮は、プライドと反骨心が相まって、ずっと鬱憤がたまっていたのだろう。
「あー、なんか話したら、スッキリした!」
煌壮は、背伸びをする。そういった煌壮の表情は確かに、一つ雲の晴れた表情をしていた。今まで睨み付けるようだった自分への視線が、少し緩んだように思える鋭児だった。
「けど、その腕貰うっていう約束だけは、確り果たさせて貰うからな!」
「いや、約束してねぇけどな!」
いつそういう約束になったのか、全く不明だが、それは煌壮の心意気であり目標である。無茶を言う煌壮だが、その笑顔は憎めない。彼女なりの冗談でもある。
「けど……受けてやるよ。その約束」
煌壮は一瞬キョトンとする。だが、鋭児があまりにも涼しい顔をしてそう言うのだから、それは今ここで、二人の約束となったのだ。
「ご指導宜しくお願いいたします!」
割り切った煌壮は、妙にサバサバして気持ちが良い。テーブルに頭がぶつかるほどの勢いで、ぺこりとお辞儀をする。彼女の中で吹っ切れる切っ掛けが何だったのかは、鋭児には解らなかったが、彼女の言う、今朝のオムライスがその切っ掛けを作ったに違いない。
勿論それ以前に色々ある。
吹雪が弁当を作ってくれたり、アリスが手料理を振る舞ってくれたりと、それは一流の料理人が作った、洗練された食事では無かったかも知れないが、彼女の言う気持ちの隠った料理だった。
煌壮は、不知火老人に恩を感じ、家族同然に付き合いはしているが、それでも彼女もまた家族の味というものを知らずに、育ってきている。
そう言う一寸した事が、少しずつ彼女の心を揺り動かしたのだ。
「さ、焔姉の所にいこうぜ!」
「そうだな」
二人は、席を立ちファミレスを後にするのだった。
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