第2章 第2部 第12話

 鋭児も美箏の話は、アリスから聞いている。そして美箏の右手の人差し指が包帯で巻かれていることに気が付くのだ。

 「美箏それ怪我?」

 「え!?あ!うん。全然大したこと無いんだけど、一寸痛めちゃったみたいで!」

 自分の横に並んだ鋭児のそれに、美箏は酷く動揺をするのである。懸命に平静を装っているが、まるで何かを忘れようとしているかのように、作り笑顔を鋭児に見せる。

 だが、顔色は悪く、酷く引きつっているのが解る。

 「家事などは私と、魔女……いえ、アリスさんと吹雪さんとでしますので、美箏さんは、鋭児さんと歓談していてください」

 そういって、美箏の横に並んだのは千霧である。

 アリスも頼りになるが、千霧も頼りになる。美箏からすればそんな雰囲気だ。

 そして、千霧の横からひょっこりと顔を出す吹雪も、自分に対して温かい表情を向けてくれている。

 「美箏!一服したら、叔母さんの顔みてぇんだ」

 「あ!うん。そうだね。お母さんも焔さんの顔見るの楽しみにしてるから」

 それは美箏にとっても、渡りに船だった。

 「俺も、焔姉についていっていい?」

 そう言われると、焔は振り返った美箏に視線を送ると、余り余裕のない表情のまま、美箏は三度ほど頷くのであった。

 正直美箏にとって煌壮を見る余裕などなかった。

 勿論煌壮も、特に美箏に興味があったわけでもないし、文恵に興味が湧いたわけでもない。

 好奇心で着いて来ただけの彼女にとって、特に外の景色と空気を感じることが出来れば、何でも良かったのだ。土地勘のない場所での外出において、都合の良い話だったに過ぎない。

 

 「やっぱり鋭児クンの家と言えば鍋よね!」

 いつそう決まったのかは解らないが、吹雪が嬉しそうに、食卓に置いたのは、ちゃんこ鍋である。といっても、スープの出汁自体は、インスタントのものである。

 だが、確かに大勢で突く鍋はおいしい。

 特に気の許せる物同士ともなれば、尚更のことだ。

 そして何より、このメンバーで小食と言える人間は美箏だけで有り、アリスにしろ吹雪にしろその細身とは裏腹に、確りと食べる者達ばかりだ。

 鋭児の世話焼き係を誰が買って出るのか?といえば、こんな時は吹雪に限るのである。アリスは、鍋の具材に気を配る事の方が多いし、鍋が出来た時点で千霧はお役御免となり、この食卓を満喫することにした。

 煌壮の面倒は焔が見る事になる。

 二人でなにげに食事をすることはあったが、抑も焔は料理という物を殆どすることはないし、二人が食事で顔を合わせるとなれば、不知火家での会食の時くらいで、確かにこういった、上下関係のない食事風景に出くわしたことはない。

 彼女も、これはこれでよいものだと思うのである。

 気が付いたことは、ハンバーガーショップの時のように、二人とも手が掛からないことだ。アレはああいう遊びなのだと言うことに気が付く。

 焔は元々が日常を楽しんでいる方だと、煌壮は思っているが、此所に来ての焔は彼女が思っている以上に緩さが出ている。

 確かに用事のない外の空気というものは、新鮮なのだろうが、その浮かれぶりは、煌壮の思う以上だったのだ。

 特に突っかかる必要もないため、そんなものなのだろうか?と心に思うだけに止まる。

 

 昼食時も終わり、ひとしきりついたといったところだった。

 焔は美箏と、彼女の叔母である文恵に会いに行くために、出かける準備をしようと思ったところだったのだが、着いてくるはずの煌壮の姿が見えない。

 「あれ、そういやアイツトイレに行ったきり帰ってこねぇな」

 大して見渡す距離もないのだが、焔はキョロキョロと周囲を見渡すのだった。

 それが為に、全員で席を立ち、彼女を探すのだが、それもまた大して手間の掛かることでもなく、何と煌壮は二階にある鋭児の部屋のベッドの上で、すっかり寝入ってしまっていた。

 これに対して、焔は頭を痛めてしまう。

 「ったく……」

 要するに、大して広くは無い鋭児の家なのだが、それでも彼女の好奇心は擽られたらしい。煌壮にとっては、庶民の家などこれが初めてだったからだ。

 要するに好奇心ついでに見つけたベッドが、腹ごなしの休憩にちょうど良かったのだろう。

 そこですっかり寝入ってしまったのだ。

 「おい。煌壮!」

 焔はそう言って煌壮を揺するのだが……。

 「ふわトロオムライス……そんな食えない……」

 食後の夢だというのに、食事の夢を見ているらしい。

 「んだ?」

 「ああ……」

 鋭児には何となく解ることだった。それは自分が開いていた料理本のレシピを、彼女も見つけたのだろうことを、理解したのだ。

 「今度作ってみるかな……」

 「?」

 焔には、話の繋がりが見えないが、煌壮が起きないことだけは理解する。

 「代わりに私がいってもいいかしら?」

 実は、アリスのその言い回しは若干適切では無かった。何はともあれ、彼女の一番の目的は美箏に会うことだ。尤も会話をすべき二人で、時間を持つべき二人なのだ。

 つまり、煌壮がいようといまいと、アリスはついて行くつもりだったのだ。

 それは、場面に合わせた言葉のチョイスであるに過ぎないが、アリスが着てくれると言うことで、美箏も少しホッとした表情をするのだ。

 「んじゃ、鋭児。煌壮たのむわ」

 「まぁ……でも起きたらコイツ機嫌悪いんだろうな」

 鋭児は溜息をつく。

 「バカ。弟子なんだから、面倒見ろ!」

 「了解!大師匠様!」

 鋭児は溜息に近い笑みを浮かべながら、若干皮肉っぽくそう言うのである。

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