第1章 第7部 第36話

 しかしただ会話を挟んでいるのではない、その短いやり取りの間、再度間合いを計り直しているのだ。風雅の応対には緊張感はないものの、彼は鼬鼠のそれを正しく理解している。

 風雅は決して鼬鼠に負けるとは思ってはいない。しかし、「窮鼠猫を噛む」ではないが、鼬鼠を甘く見ることはなく、その一撃の殺傷能力で、手傷を負わされる事は考えている。

 だからこその、先ほどの一撃だと言えた。

 懐に潜り込まれ、雷撃を伴った拳を直撃されれば、僅かな間でも身体機能に支障が出る。

 

 同時に、鼬鼠の直進的な雷神拳に対して、流麗な速度を有した風神拳を用いたのは、彼の遊び心でもある。雷神に対して風神というわけだ。

 何より雷神拳は、風の属性の生み出す二次作用であり、そこには大きな浪費が伴うのだ。

 長時間その状態で戦うには、無理が生じる。

 

 それでも鼬鼠は、出し惜しみをせず風雅との距離を詰めるために雷神拳を使う。

 「雷撃針!」

 鼬鼠が技名を発する。

 すると無数の針が、上空から降り注ぐ。光を伴ったそれは、舞台に直撃すると、静電気のようにバチバチと音を立てながら、消えて行く。

 「うわ!おっと!」

 風雅は接近していた鼬鼠の攻撃を躱しつつ、更に距離を空けて、空から降り注ぐそれを躱し続ける。

 高速で降り注ぐそれは、風雅に近づくと、若干彼の方へとその向きを変える。

 「なにこれ、プチ雷じゃん!」

 風雅にも狙いは直ぐに解る。その雷針は、彼の動きを僅かでも麻痺させるものであり、触れれば、大きな隙を生み出すことになる。

 そして、上空には、その発生源となる、三角形が空刻されている。

 

 「んじゃオレも!雷神拳!」

 風雅は風神拳を使うのを止め、雷神拳を使う。

 そんな彼の体は帯電しており、立の雷撃が彼に触れても、吸収してしまうのだ。

 「くそったれ……」

 鼬鼠は身構える。同じ雷神拳を使ったとしても、身体に纏う電撃の質量が全く異なるのだ。鼬鼠のそれが劣っているのではい、風雅のそれが強力過ぎるのである。

 それを見た鼬鼠は、もう一段階力を引き上げる。

 その状態は一見して、風雅と同じだ。

 「そうそう。出し惜しみなんてしてる場合じゃないよ?さっきの試合みたいにさ」

 それは静音の試合の事を意味している。

 静音は出し惜しみをしていたわけではない。入念に準備していたが、それでも吹雪がその予想を上回っていただけに過ぎないのだ。

 それに、静音が優位であるのは、呪符が手元にある間だ。それが彼女が六皇と対等に戦える手段といえる。戦闘をより厳密にコントロールしなければならないのである。

 ただ、拳で戦う鼬鼠は、その拳が有る限り戦い続ける事が出来る。

 勿論気力を使い果たせば、それまでなのは違いない事実だが、始終その力を出し続ける必要は無い。

 より厳密に、よりインパクトの瞬間を見極めれば良い。

 鼬鼠は、膨れ上がった気を静める。

 「挑発には……乗らない……か」

 すると、風雅も体中に迸らせていた放電を納める。

 二人とも、完全に解除したわけではない。時折雷撃が弾ける音が彼等の身体の周囲から鳴っており、稲光も収まっていない。

 

 〈チクショウ。この人の底が知れねぇのは、知ってるつもりだったが、余裕過ぎるだろ!〉

 鼬鼠が僅かに思考を過らせ、構えに硬直が見られた瞬間のことだった。

 風雅が瞬時にして鼬鼠の眼前に現れる。

 この緩急自在のセンスが、まず多くの能力者との違いだ。特に緩急という意味では、本来炎の能力者が尤も得意とする部分であるはずだが、風雅の動きは、それと遜色ない。

 それでも、鼬鼠は瞬時にその攻撃を躱す。

 鼬鼠は一瞬の視覚情報のみでその動きをするのである。それは神経伝達だけの動きではない。

 「へぇ……」

 風雅は関心しているが、鼬鼠に余裕はない。ただ、最初の一撃さえ躱せれば、対応は出来る。

 ここで鼬鼠は、一段階力を上げる。風雅の素早さに対応するためだ。

 そして鼬鼠の猛攻が、完全に風雅の攻撃を封じている。風雅は鼬鼠に蛇咬拳を食らわないように、身体に触れる前に全て、身体の前でそれを捌いている。

 「蛇咬拳に雷撃乗せるとか、反則しょ!」

 捕まれば鼬鼠の雷撃が一瞬にして、自分の体内に流れ込むだろう事は、風雅も理解しており、流石にその殺傷能力を無視擦ることは出来ない。

 言うなれば、雷獣の一咬みといったところだ。

 

 それを眺めつつ、風雅は嬉しそうにニヤニヤとしながら、それを躱しつつ、舞台袖へと追い詰められないように、円を描くようにして後ろへと下がり、ひたすら躱す。

 そんな風雅に向かって鼬鼠の回し蹴りが飛ぶ。

 それは、風雅が鼬鼠の蛇咬拳を躱すリズムを十分に作った所への一撃だ。

 「おっと!」

 風雅はこれを更に後方への宙返りで躱す。

 その僅かな好きに、鼬鼠は雷神拳を解き、風の力で自らの新調ほどの外周に大きな円を伴った、大きな六芒星を描く。

 どんな攻撃がくるのか?と、風雅は上空で体勢を整えながら、鼬鼠を見据えるのだった。

 しかしそこから飛び出したのは、編み目の粗い大網だ。勿論風の気で練られており、飛び出した直後に更に大きく広がり、風雅の逃げ場を塞ぐほどになる。

 「おわ!ちょっと!そんなので切り刻まれたら!」

 流石にこれには風雅も慌てる。体中に目一杯気を溜め込み、迫り来る大網に、切り刻まれないようにする。

 「え?」

 しかし、それは本当に大網だったのだ。風雅を捕まえるための大網である。伸縮性があり、目一杯力を入れても切れることはないし、気を爆発させても、程よく目が粗いため、拡散されて、切れてしまうこともない。

 「そう簡単には、切れないっすよ」

 風雅を追い詰めた鼬鼠が、網の中で座り込んでいる風雅を見下ろす。

 それは、風雅にとっても鼬鼠にとっても初めての経験であった。少なくとも二人の関係が出来てからは、間違い無く無かった構図である。

 漸く、風雅を跪かせる事が出来た。

 それは鼬鼠の苦肉の策でもあったのだ。硬度を持たせれば、それだけ殺傷能力を持たせることが出来るが、柔軟性を失う。

 鋭く攻撃することが、風の力の真骨頂であると言えるが、敢えてそれを捨てる事で、柔軟性のある糸を作り出したのだ。

 ただ柔軟性があるといっても、何処までも伸びるわけではなく、風雅を立たせることが出来ない程度の硬度は持っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る