第1章 第6部 第43話
そんな話をしていると、鋭児はアリスの使いで、二人分のお茶を買ってくるのである。
「ある事無いこと、喋ってないっすよね?」
「そうねぇ。今彼女が三人ほどいて、みんな鋭児にベタ惚れってことは、まだ話して無かったはねぇ」
「だから!」
鋭児は、本当に余計なことを言うアリスに手を焼いていそうであった。
「え~三人も!?黒野君が!?」
そんな柄で無いことは確かだ。どちらかというと一匹狼的なイメージがある。
「三人……?」
美箏には計算の合わない話である。焔と吹雪は知っている。確かに二人は鋭児にべったりであるが、二人はそれを納得している。
「ほら……」
「いいじゃない。吹雪は兎も角、焔推薦なんだから」
少々美箏が固まってしまったところで、空気が若干重めになってしまい、気まずくなるのだが、アリスだけはすました顔をしている。
ただ、彼女が一つ柏手を打つと、美箏ははっと、自分を取り戻すのだ。
「美箏も負けてられないわね」
と、そんなはっぱをかけると――。
「う、うん……」
美箏らしくない強気な返事を返すのである。夕べから美箏の様子が妙に積極敵なのは、恐らくアリスが何らかの暗示を美箏にかけているのだろう。
「先輩、帰ってから一寸話あります」
「良いわよ。ベッドの上で、ゆっくりと……」
そんな年下の男子を軽くあしらうよなアリスの過激な発言に、二人は鋭児と年上女性のあらぬ関係を想像してしまう、東条達だった。
「いや、マジ勘弁してくださいよ……」
何かを言う度に、変なことを言われてしまうのではないかと思う鋭児であったが、それでもアリスは憎めないのである。
鋭児に惚れている三人の女がどういう人間なのか?というのは、アリスが饒舌に説明してくれる。それは、本殿へ向かう道中のことだが、こんなに喋る人なのか?と思うほど、アリスはよく喋るのだ。
それにしても、焔や吹雪のことを本当に詳細に語るのである。
焔は快活で男勝りであるとか、聖女のような見た目とは裏腹に、吹雪はちゃっかりしているとか、それでも自分が妹分として可愛がっているとか、千霧は一つ自分より年上で、物静かで一見クールに見えて、実は甘えん坊であるとか、どれだけを見てきているのだろうと、思えるほどであった。
最後に、美箏はもっと積極敵にいくべきだとか、そんな説教まで飛び出る始末で、鋭児の出る幕など何一つない状況だった。
そのうち東条が、自分も立候補しようか?などと言い出す始末である。勿論それは冗談であろうが、それはそれで良いのでは?と、アリスが煽る始末である。
そうこうしている間に、本殿に到着した彼等は、参拝をし、くじを引き、それぞれ見比べる。
「あら」
アリスは大凶である。ただそれを見て彼女は、クスリと笑う。魔女と呼ばれる彼女にとって、それは余り意味の無いものなのだ。
「鋭児は?」
「まぁ……凶……かな。大事な物を無くす可能性あり。病気に注意……か、まぁ無理結構してきたからな。美箏は?」
「うん……大吉。思い人と……結ばれる運気……だって……」
そう言うと。東条達が美箏を冷やかすのである。そして美箏は俯いて照れるし、先ほどの流れから、それはもう誰なのかと言われているようなもので、鋭児もそっぽを向いて照れてしまう。
そうなると収拾が付かなくなるが、それを口にしようとした瞬間アリスが、鋭児の野暮を止めるために、彼の腕をつねるのである。
東条と町田は、それぞれ吉、小吉と、いう具合であった。
参拝も終わり、東条達とは神社の正面口で別れる事となる。その際に美箏が二人と携帯の番号を交換していた。それは後で鋭児とアリスにも配られるらしい。
彼女たちとはここで別れることにする。
活気と熱気があったためか、神社に居た頃にはさほど感じなかった気温も、喧騒が遠のくにつれ、次第に肌寒さを感じるようになり、手袋をしていない美箏の指先は、可成り冷えていた。
鋭児は特に気の利く性格でもなかったが、アリスに突かれて促されると、美箏のそれに気がつき、彼女と手を繋ぐこととする。
鋭児の左手に、美箏が両手で捕まる感じであるが、彼の手を握っていると、冷えていた指先に体温が戻る。
特に確りと両手を保護されていたわけでもないというのに、不思議な物だと、美箏は思うが、鋭児が気を循環させて、美箏の手を寒さから守っているのである。
そうすると、アリスは当たり前のように、鋭児の腕に絡み、腕組みの体勢を作るのだ。
「これ、雪降るな……なんてか、しん……と底冷えしてさ」
夜中なのだから寒くて当然なのだが、雪が降る直前というのは、不思議と津々と冷たい空気が上空から降り注ぐような感じがするのだ。
少し重たさの伴った、肩をすくめたくなるような寒さである。
「そうね……」
アリスも鋭児のそんな勘は当たる気がしたのだ。決して情緒的にそう思ったわけではない。
やがて明かりの消えた美箏の家にたどり着く。彼女の両親はすでに就寝してしまっているようだ。
美箏は少しだけ、未練があるようにゆっくりと鋭児の手を離し、自分の家に戻って行くのである。
「じゃあ明日。お母さん時間に五月蠅いから……」
「解ってる。ちゃんと目覚まし掛けとく」
鋭児と美箏は、手を振りつつ、一度別れる事とするのであった。
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