第1章 第6部 第32話

 「そろそろ、冬休み……だなぁ」

 鋭児はぽつんとそんなことを口にする。場所はグランドに設置されているベンチで、横には焔が座っていた。大技を放てないと解っている以上、鋭児と焔が戦う意味はない。

 勿論焔の嘘ではあるが、六皇戦の時には十分調子は戻せているという言葉を鋭児はただ信じた。

 「バーカ。浮かれてんじゃねぇよ」

 不抜けた鋭児の一言だが、これはなんとも学生らしい一言なのである。日々勉強に缶詰になり、テストに怯えている一般学生の姿なのだ。

 ただこの学校にもテストはあるものの、彼等の進級はとくに成績で左右されるものではなく、留年もない。クラスの最下位落ちないように、日々研鑽するだけである。

 

 二学期末の順位戦があるが、その順位はもう揺るがないだろう。焔は口にしなかったが、鋭児が急激な成長で、身体がどうにかなっていないかは、気に掛けていた。だが鋭児は特に何の問題もなさげである。

 尤も焔自身も通常時は何も問題が無いのだ。この一月半ほど、十分確認してきている。

 「わりぃな。一緒に帰れなくてよ」

 焔はそう言うと、強引に鋭児の頭を引き寄せて、自分の太ももに押しつけるのだ。

 炎皇と次期炎皇と称される鋭児の人目をはばからないスキンシップも、もう日常の光景である。これほど両者親密であるならば、属性戦も滞りのないものになるだろう。

 「ああ。うん」

 がっかりした鋭児の返事だったが、これは仕方がない事なのである。一応夏には、不知火家に顔を出している焔だったが、矢張り鋭児とのバカンスを優先したバランスというものを取らざるを得ず、不知火家の顔を立てなければならない。

 焔にはそもそも帰る場所もなく、学園と不知火家の往復が日常であり、特に不知火老人とは懇意であり、加えて今回の件がある。

 今回の件を含めて恩は返さなければならない。それを気にする不知火老人ではないが、矢張り子飼いの焔が彼の傍らにいると言うことは、不知火家外縁から見れば、重要な事であり延いては、焔自身のためでもある。

 「これほど世話になっておきながら、奔放にも過ぎる」と、揶揄された所で気にする不知火老人ではないが、それを増長する者達も当然いるのだ。

 であるから、この冬は大晦日前から正月明けまで、不知火家に止まる事になるのだ。

 

 そしてそれは吹雪も同じで、吹雪の方は不知火家より更に厳格であり、彼女は二学期終業式終了後から、天聖家の方へと足を運ぶことになる。

 鋭児はというと、実は迷っていた。

 二人が帰らないのならば、地元へと帰っても差してすることもない。だとすると、余り顔を合わせることの出来ない千霧との時間を埋めるのも良いかもしれないと思って居たのだが。

 「お前は、ちゃんと帰れよ」

 と、何とも寂しそうな顔をしながら、焔が鋭児の頭を撫でてくるのだ。

 そこを守っておくというのも鋭児の仕事なのだと言わんばかりである。かといって東雲家に顔を出さないわけにも行かず、大晦日前まで、東雲家に顔を出し、実家の方には、大晦日と元日と二日というスケジュールになるのだろうかと、彼は何となく考える。

 そう考えると、自分達の元日というものは、世間の学生よりも若干窮屈な日程なのだなと思う鋭児だった。

 

 重吾は大晦日の前に不知火家に出向くらしい。それまでは寮で過ごすことになる。

 囲炉裏も帰る場所がないため寮になるのだと思われたが、彼女は緋口の実家へ連れて行かれることになるらしい。

 一つは、重吾の側に置いておくと、翌年には目出度い結果になってしまう可能性があることと、矢張り帰る場所がない囲炉裏を何となく寂しく思ったようだ。

 

 赤羽はギプスも取れ、順位戦には参加するようだが、矢張り筋力の落ちてしまった左腕のリハビリには時間が必要で、また基礎体力を付けるため、この冬は正月気分ではない。

 何よりそれが終わってしまえば、六皇戦と属性戦しかなく、大半の三年生には無縁の戦いである。抑も彼は焔から皇座を奪えるとは思ってもおらず、興味の対象に入っていない。

 その事に関しては、赤羽家でも問題になることはない。日向焔の異常な強さは、知れ渡るところで、特に鋭児との一戦を目の当たりにし、そこへ放り込まれても、消耗する結果しかない。

 

 そして、ある意味これが一番重大ニュースのようで、実は静音と晃平の交際が、両家に知れ渡り、二人を置き去りにしたまま、成人の日に婚姻の儀を両家によって執り行われる事となった。

 本来なら鼬鼠家と縁を結ぶことが雪村家として尤も望ましいことであるが、矢張り鼬鼠の素行というものも耳に入っていないわけではないのだ。

 加えて晃平の人柄、厚木家ということとなると、それは満更悪い話ではない。そしてそれに応えるべく、二人には両家のために最低二子は、求められることとなる。

 つまり一人は、不知火家のために、一人は東雲家のためにということだ。

 それが円満な解決であるが、静音にそこまでの自由が許されたのは、そもそも黒野鋭児という次期炎皇と称される人材が、東雲家に加わったことが大きな理由であるに他ならない。

 加えて晃平は厚木家の末子であるため、立場的に重要ではなく、生来に於いてどちらの家を選ぶかは、割と彼の自由となっている。

 このあたりは、霞も厳格な方ではないため、若者の達に選ぶ権利が生まれたといっても良い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る