第1章 第6部 第25話
「本来日を冠する者は、そうであってはならんのだがのう……なぜかのう……」
不知火老人は首を傾げる。
日向、陽向、ともに太陽を名に刻む、そのもの達は、人を光に導く存在であり、光であり炎であり、力強くあらねばならないのだ。
不知火老人は首を捻るが、彼等が若すぎる頃から、その力に振り回された結果なのだろうと思わずにはいられないが、それが彼等の生き様であり、そうせざるを得ないのだ。
「一光は、自分が散る前に、才ある焔ちゃんを、どうしても育てたかったんじゃ。そのあの子が、今度は一光と同じように病に蝕まれることになるとは……」
「鋭児君は、十分育てられています。後は私達東雲家が彼を育てます。今なら日向さんは、まだ十分助かります!」
「ふむ……」
それで、焔に引退をしろといのかと、不知火老人は思案する。
人命と天秤に掛けるには、余りに小さな自尊心かもしれない。蛇草が鋭児を育てるというのなら、それは間違いの無いことなのだろう。
それに焔を失うことも無い。何を躊躇うことがあるのだろうかと、思うはずなのに、不知火老人は、歯切れを悪くする。
「後一度……後一度だけ、あの子の自由にさせてやってはくれぬか?」
その一度というのは、蛇草が焔に与えた水晶である。それで一度だけなら、彼女は命を拾えるのだ。本来彼女が死ぬはずのたった一度。
ただ、焔は聖とも対戦しようとしている。彼女は一光の命を奪った聖を頑なに許さないだろう。その誤解だけでも解いておかねばならない。
「御爺様……」
「ん?」
「茶が、冷めてしまいました」
「うむ……」
それでも、不知火老人はそれを飲む。
不知火老人は、その事を焔に伝える。
焔の憤りようは、何物にも形容しがたいほどだった。苦しそうな形相を浮かべ、目を見開き、今にも相手を食い殺しそうなほどに、牙をむき、不知火老人の胸ぐらを掴み、何度も揺さぶり、やがて沈黙するのである。
それを知っていて今まっ出黙っていたのかと、いう想いもある。
ただ、それが一光の願いであったと言われれば、押し黙るしかなく、怒りのぶつけどころが他にない。沈黙しても尚、固く握られた拳が不知火老人の胸ぐらから離れず、蛇草がそっと手をやると、漸く力無く、シーツの上に落ちるのだった。
焔は目を覚ます。どうやら夕べは、そのまま眠ってしまったようだ。鋭児を押し倒したままの状態で、彼の胸に顔を埋め、そして彼はそんな焔を受け止めたままで、同じように眠っているのだ。
眠りとしてはあまり良い状態ではない。そもそも体勢が悪いのだ、同じように鋭児も余り良い体勢ではない。
それに、シーツもなにも被って折らず体も冷えている。
コンディション管理としては、最悪の状態であるが、それでもかまいはしなかった。
何より心の平穏がそこにある。鋭児も同じように不満はないようで、焔の肩を抱いたまま、唯々眠りについている。
「バーカ……」
正しい体勢で寝るなり、恋を強請るなり、少々自分を起こしてでもするべきことがあるだろうと焔は思ったのだが、それでも鋭児はそうしなかった。
二人の心は決してリンクしておらず、痛みも苦しみも分かち有っているわけではないというのに、こうして寄り添っていたいという気持ちは、お互い様だったようだ。
「うん……」
やがて鋭児も目を覚ます。時間敵には、まだ早朝といえそうで、もう一眠り惰眠を貪れるに違いない。
「腹減った……」
だが、焔はそう言う。
「そう……っすね……」
お互いかすれた声での会話である。
焔は料理をしない。
恐らく簡単な調理なら出来なくはないだろうが、吹雪か自分がいるときは、ほぼ作ることはない。完全に食べる側に回るのが焔である。
鋭児は考えるが、恐らくトーストとハムエッグぐらいが関の山だろうと、焔を抱き起こしながら、ベッドを離れようとする。
「チャーハン食いてぇ」
それなら、焼き肉ではないのか?と鋭児は、焔らしからぬそれに少々驚くし、自分が思い描いていた朝食ですらなく、少々呆気に取られてしまうが、焔のご所望とあれば、仕方の無いことだ。
「朝から……すか?」
ただ鋭児は若干引いて笑う。ただ、そう言う部分は焔らしいといえるのだろう。
「得意だろ?」
焔は、食事が出来るまで、自分はもう一寝入りすると言いたげに、ベッドの上に横たわる。
「軽くシャワーでも浴びてくれば?」
お互い体が冷えていることだと鋭児は思い、焔にそれを進める。
「そう……だな」
それで、心底体が温まるわけでもないだろうが、目を覚ますついでにそれも良いと、焔は思い、バスローブ姿のまま、シャワー室に向かう。
チャーハンと食べると言っても、米を炊くところから始めなければならない。本当なら、焚く前と、それから炊い後にも米をねかせるなりしたいところが、時間的にそうも言ってられない。
ただ、どうにか米を炊く時間くらいはある。それでも出来上がっていないことに、シャワーを浴び終わった焔が文句の一つもいうだろうが、それは仕方の無いことだ。
そもそも余り物のご飯がないのだからどうしようも無い話である。
矢張り、少々待たされた焔は、文句を言うが、それでも出来上がったそれを食す頃には、大いに機嫌も直り、二人で作った分だけを有りっ丈食べる。
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