第1章 第6部 第22話

 鋭児が焔と全く異なるのは、その経験値だ。経験値では重吾の方が圧倒的に上であり、鋭児は彼に多くの時間、教えを請うている。

 いうなれば、先日行った不知火家でのトーナメントのように、技一つで相手を翻弄できる状況にはないということである。そしてそういう戦い方をするべきではないのかもしれない。

 鋭児はまず、力比べを行う事にする。

 明らかに両手を前方に出し気味にして、重吾にその姿勢をアピールするのだ。

 単純な力業という意味では、鋭児より重吾の方が上である。瞬間的に強い炎の力と、自属性の持久力を伴った合わせ技となり、それに関しては重吾の方が鋭児を上回っているのだ。これは単純な足し算でもあるが、維持するためにどちらがより大きくエネルギーを消費するのか?という部分でもある。

 そして筋力にかかる負荷の問題でもあり、同時に物理的な肉体の問題でもある。

 物理的な筋力量でいえば、重吾の方が遙かに勝っており、矢張り彼の方がマッチョなのだ。

 それでも鋭児は重吾とガッチリと手を組み合い、力比べをし始める。どちらの方が相手の腕を捻るのか?

 華麗な戦いではないが、僅かに訪れた観客は、それに息を呑む。

 重吾は、三年Fクラスにおいて、現在二位に位置しており、焔に次いで強いと言うことになる。そして、大地系の能力を保持した彼が豪腕であることは、ある程度知られている事実でもある。

 そんな重吾と鋭児がガッチリと組み合って動かない状態になっているのだ。勿論鋭児の方が消費するエネルギーは遙かに大きい。

 それでも、鋭児の方が少しずつ重吾の腕を捻り始めるのだ。

 つまり、足し算の総量を鋭児の方が上回り、尚且つエネルギーの消費量を持って、重吾をねじ伏せに掛かっているのだ。

 重吾は掌に描かれている六芒星に力を集中させ、鋭児との組合を嫌う。

 組み合わされた互いの手が弾かれ、二人は一端距離を置く。力勝負に対しては鋭児の勝ちだが、勝負に対しての主導権を握ったのは重吾だった。

 それはどういう事なのか?

 鋭児は消費力にまかせた力をもって重吾をねじ伏せに掛かっていたのが、重吾は力押しで負けはしていたものの、それを何時でも回避出来る状況にあったということである。

 鋭児の場合、その掌の中にある羽根の紋章に力を加えるためには、意識をそこの分散させなければならないのだ。そうすると、重吾に腕を捻られてしまうのだ。

 ただ、だからといって鋭児は今のやり取りで、激しい消耗を強いられたわけではない。

 それは彼のもっている気の総量の問題で、まだまだ序の口といったところなのだ。

 「やれやれ。お前が羨ましいよ」

 重吾は構えて警戒しながらも、そんな言葉を鋭児に投げかける。それだけ鋭児が才に恵まれているということだが、鋭児はこれに対して応えない。それは活かせなければ何にもならないからだ。

 勿論焔との一戦で、自分に手応えがあったからこそ、敢えて重吾の土俵に乗りつつも、力押しが出来ると、確信できたのだ。今の鋭児は紛いなりにも自分の力を知った上で戦えており、重吾の言いたい意味を理解している。

 ただ、彼に返事が出来るのは、この勝負に決着がついてからのことだと思ったのだ。

 今度は重吾が仕掛け、それを鋭児が真正面から受ける。フェイントも無しに、無骨なまでに彼の拳を両手で受け、時にはガードを固めて、凌いでいるのだ。

 そして、少ししてから鋭児も攻撃に転じ、互いに受けあいをしている。手数は鋭児の方が多いが、一発は重吾の方が重たい。

 そして、何となく互いの顔がにやけているのが解る。

 ここからどうやって、互いの隙を作り、小技の一つをねじ込んでやろうかといったところなのである。

 そして、次の瞬間互いの掌が互いの眼前に突き出される。

 そしてそこから小さな火炎弾が数発打ち込まれるが、同時に反射的にそれを躱す。

 「業火拳嵐!」

 重吾が少しの突きをつき、拳を作った両腕を一杯に広げ、まるで旋風のように炎を纏、回転しながら鋭児の方にへと突進してくるのだ。

 鋭児は数発それを受け、弾き飛ばされつつ距離を置き、素早く身構え直すが、重吾がそこから、鋭児に突進してくる様子も無く、再び構え直す。

 どうやら、動的な技とは言いがたいようだ。

 だが、鋭児は試合中であるにも関わらず、思わず可笑しくなって吹き出してしまいそうになる。

 何故ならその動きが、某格闘ゲームにおける肉体派のキャラクターの大技にそっくりだったからである。

 「わ!笑うな!オレも最近知ったんだ!」

 「それもそうっすけど、ネーミングが……」

 鋭児は思わず腹を抱えてしまいそうになり、これには重吾も顔を真っ赤にしてしまう。しかし、至近距離での状況打破には、十分な威力を持っている。このあたりは、流石に重吾といえた。

 「四の五の言ってないで、続きだ続き!」

 彼もこの勝負を楽しんで居るようで、挑発的に鋭児を手招きする。

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