第1章 第6部 第19話

 やがて順位戦の時期がやってくる。

 結果としては、それぞれ順調に勝ち進み、蓋を開ければ、鋭児と晃平が一位に二位という結果になり、静音は二位となる。

 彼女の戦いは基本堅守が全てで、手札が尽きてしまったのだ。

 何故そう言う戦い方になるのか?となると、持っている気の総量が多くとも、一度に放出できる量が余り多くないためというのが、基本的な理由だ。

 それは静音生来のものというより、彼女のこれまで積極的に相手と向かい合ってこなかったことに由来する。だれでも鋭児のように強引にこじ開ければ良いというものでもなく、それは寧ろ鋭児だから出来たことなのだ。

 静音は時間を掛けて力をより多く引き出せるようにならなければならない。

 焔、吹雪といったところは、順調そのものだ。

 重吾に限っては、結局決勝で焔に負けてしまう。そこでも結局焔は大技を出すことは無かった。ただ決して重吾を弄んだという形ではなく、矢張り焔は上手いのだ。決して大技を使わなくとも、勝てる手段を見いだせるのである。

 伏兵といえば、囲炉裏である。彼女初の決勝トーナメント出場であったが、初戦で鋭児と当たり、あっさりと負けてしまうのである。

 

 順位戦が終わり、その翌月曜となる。少しずつ秋も深まる中だった。

 焔は実に機嫌が良かった。何より鋭児が成長し、その力を確実に自分のものとしていることが嬉しかった。真の彼の晴れ舞台を迎えるに当たって、大凡十分な実力を身につけていると言っても過言ではなかった。

 その余韻を含め充実した休日を過ごしたことも、彼女の機嫌の良さの一つである。

 この日は、態々一年の教室まで、鋭児と腕組みをしての登校となる。そうすると必然的に、彼女の教室は遠くなるのだが、そんなことはお構いなしである。

 

 ただ、そんな焔と鋭児を待ち受けていたのは、ギュッと唇をして仁王立ちした囲炉裏である。何とも恨めしそうな表情で、焔を睨み上げるのだ。

 「んだよ」

 焔には、全く事情が分からない。焔からして見れば、彼女からそんな表情で睨まれる理由など何一つないのだ。

 「重吾さん泣いてました!すごく悔しそうでした!」

 「……そうか」

 涙を浮かべ、我が事のように心を痛めている囲炉裏は、拳を振るわせながら、唯々焔を睨み上げるだけである。そして、浮かれていた焔の表情が引き締まり、鋭児と絡むのをやめ、囲炉裏と真っ直ぐ向かい合うのである。

 そう言う姿を囲炉裏に見せるほど、重吾は悔しい思いをしたと言うことに、流石の焔も自分の失敗に気がつく。だが、彼女にはそうせざるを得ない事情がある。

 「解った。重吾には、後でしっかり詫び入れるわ」

 そう言うと、焔は浮かれた気分もすっかり削がれ、鋭児と囲炉裏に背中を向けて、去って行くのである。

 「焔サン!」

 鋭児は、ただ立ち尽くして泣き始める囲炉裏と、立ち去る焔の背中を交互に見やりながら、彼女たちの話し合いの意味が全く理解出来ずに、一つ溜息をついた。

 

 「ゴメン……」

 鋭児と囲炉裏は屋上で二人になる。そして、そんな囲炉裏の言葉から話は切り出される。

 晃平は真面目に授業を受けているようで、幾らお節介な彼といえど、そうそう鋭児のサボタージュに付き合う事は出来ない。だから二人きりだったのだ。

 「んで?」

 焔と重吾ほどの間柄で、そんなイザコザになるとは思いも寄らなかった鋭児は、溜息がちにその理由を囲炉裏に尋ねる。

 「あの重吾さんがすごく悔しそうに泣いたんだよ!?」

 主語はないが、恐らくそれは順位戦決勝の場面でのことなのだろう。囲炉裏は一年の決勝千にこそ進出したが、初戦敗退である。その後は、重吾の応援ということになったのだが、確かに焔の戦い方はテクニカルで、その体裁きも実に見事だった。

 流石に炎皇と言われる彼女なだけに、その強さは他の追随を許さないほどのものだったという。

 鋭児はあえて、決勝戦での焔と重吾の事は聞かなかったのだ。それは矢張り重吾の事を慮ったからであり、焔が優勝をするのは当然としても、勝者から彼のことをどうだと聞けるほど、鋭児は思い上がってはいないのだ。

 当然重吾は強い。恐らく焔から出るとすれば、そんな言葉だという事も理解出来る。しかしそれ以上の言葉で会話も成り立つわけもなく、焔の部屋で行われた祝勝会のメンバーも、鋭児、焔、吹雪、晃平、静音。そして、焔の手ほどきを受けにくる筧と、そういうメンバーで、重吾達は、姿を現していなかった。

 重吾の性格上、負けた相手にヘラヘラと出来る訳もないのだ。

 囲炉裏がそんな重吾を目にしたのは、当に鋭児達が祝勝会をしている頃で、彼女たちは残念会を開いていたのだ。

 「重吾さん……」

 囲炉裏もすっかり悄げている。本来なら、晃平の後釜となるF4筆頭にでもなろうかという彼女は、他人のことで悩んでいる場合でもないが、そこはすっかり重吾の所に通い妻をしている彼女である。

 それに囲炉裏と緋口は、すでに重吾の公認彼女である。といっても重吾は、責任問題で総スカンを食らったのだが――――。

 とまぁ、そんな甲斐甲斐しい彼女に、鋭児は思わずクスリと笑ってしまいたくなったのだが、それでも重吾が彼女の前で、そんな悔しい表情を見せるとなると、焔は何か失敗をしてしまったのだと鋭児も知る。何より本人がそれを認めている。

 焔にも何か理由があると鋭児は言いたかったが、だからといって、それで流してよい話でもない。そしてその理由は自分にもあると鋭児は思った。

 恐らく焔は、双龍牙に更なる磨きを掛けるため、また自分との決戦に取っておくため、なるべくそれを公の場で見せたくないのだろうと、鋭児は思ったからだ。

 勿論それは、焔が鋭児にした言い訳であり、本当の理由はそこにはない。

 しかし、それは鋭児が知るよしもないのだ。

 「おい!」

 その時、慌てて屋上の扉を激しく開いて、一人の女性が姿を現した。


 それは緋口である。

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