第1章 第6部 第8話
確かにもう半年になろうとしているが、言ってしまえば、鋭児の生活はそこを境に、全く別の物になってしまったのだから、ある意味当たり前の回答だと言えた。
だが、鼬鼠の聞きたいことは、技術的な甘さだったり、戦いの実感だったりと、実にテクニカルな意味だったのだ。
ただ、鼬鼠も若干違和感を覚えなくは無かったのだ。確かに闘士として、演出として互角を演じていることもあるが、幾ら鋭児が成長しているとしても、本来の焔なら、もう少し鋭児の上を行く、導き手としての戦いを見せても良いのでは無いか?と思ったのだ。
勿論それでは、鋭児が遊ばれているように見え、闘士としての戦いとしては、全く面白みのない戦いとなり、茶番が見え透いてしまっては、闘士として失格なのだが、焔の力のセーブの仕方に、違和感を覚えずにいられなかた。
「まぁいいや。PC持ってるか?ああ、スマホでいいか……、データ送っといてやるよ」
「はい……」
そう言うと、鼬鼠は一端立ち上がり、例のジュースを人数分持ってくる。
「ありがと」
吹雪も目の前に置かれた例のジューズを手にする。そして、鋭児はそれを横目で見つつ、大丈夫なふりをしをして、先にそれに口を付けるのである。
吹雪も鋭児の真似をして、軽く口に含むが、その信じられない炭酸の刺激に、思わず吹き出してしまいそうになる。
いや、実際にむせてしまうのである。
「ケホケホ!なに!?これ!」
それを見て鋭児が、ニヤニヤと笑う。
「もう!知ってたんでしょ!ケホ!」
「はは。これエグイっすよね。鼬鼠さんなんで、こんなの飲んでんすか?」
「ああ!?これくらいガツンと決めなきゃ、ダメだろうがよ」
そう言う拘りらしい。怒った吹雪は、幾度となく鋭児を肘で突いたり、ポカポカと殴ったりしている。そう言う吹雪は何とも可愛らしい。怒っているが決して心底怒っていない、じゃれてくるような愛らしさがなんともたまらない。
「鼬鼠君。後で私ももらっていい?」
「ああ……。其奴から貰ってください」
その返事に吹雪もニコリとする。そして、若干間が開くのだ。鼬鼠は何度か映像を巻き戻しては、気になる部分を見てみたりしている。
「考えたら……、まぁ、この人の強えの知ってたけど、やべぇな」
鼬鼠は思った以上に自分に余裕がないことを知ったのだ。強いのは知っていたが、そこまで焔の試合に興味を持って見たことがない。
強い相手に稽古を付けて貰うのであれば、風雅がいるし、実家に戻ればそれこそ蛇草も千霧もいる。
鼬鼠が、鋭児と本気でやってみようと思ったのは、当にそういう所である。
実力としては、鼬鼠の方がまだ上であるが、切磋琢磨するにはちょうど良い相手である。挑むのとは異なるが、東雲家の一員なのだから、鼬鼠としてもやりやすい。
「氷皇さんよぉ」
「何?」
「静音の奴を後釜にするって?」
「うん。気になる?」
そう言われると鼬鼠は返事を詰まらせてしまう。
「静音ちゃんに足りなかったのは、ちょっとした……気持ちだから。派手ではないし、風雅さんみたいに天才肌ではないけど、きっといい存在になると思うよ」
「ふぅ……ん」
「どうして、あんな酷いことしたの?」
「身内の話だ。ほっといてくれ……」
「ふ~ん」
自分はちゃんと答えているのに、自分は煙に巻くのかと、吹雪は不満げな反応を示す。確かに、それは拙い対応だったと鼬鼠は思ったのだが、それ以上言葉を続けて出す事が出来ない。
「そうそう、アリス先輩の伝言なんだけど……」
それは、吹雪に送られてきたアリスのメールからという意味で、言葉で交わしたわけではない。
「来年は、春が来るでしょう!ですって!」
そう言わて、今度は鼬鼠がジューズを噴き零してしまいそうになり、噎せ返ってしまうのである。何が賢明であるかというと、キーボードにジューズを噴き零してしまう前に、ノートパソコンを閉じて、被害を最小限にしようと試みたところである。
切り札を出して、澄ましたどや顔をした吹雪が其処にいた。それを見て鋭児がクスクスと笑うが、鼬鼠が可成り強めに睨むので、鋭児は話が五月蠅くなる前に、笑うのをやめる。
鋭児一人ならば、なにか物で八つ当たりをすればよかった鼬鼠だが、流石に吹雪に対してそれをするわけにも行かず、鋭児を睨み付けるのである。
「じゃぁ、用事も終わったんで帰ります」
鋭児が立ち上がると、例の飲みかけのジュースを片手に、立ち上がる。
合わせて吹雪も立ち上がり、二人して鼬鼠の部屋を出て行くのである。
「クソが……」
鼬鼠は悪態をついているが、それは当然の結果だと自分自身が一番理解していた。
鼬鼠は静音に苛ついていたのだ。彼女の実力の問題ではない。そのハッキリしない態度にだ。その静音が変わった切っ掛けは勿論、自分と鋭児の騒動があったからだが、何れ東雲家に関わる事になる幼なじみの彼女が、何についても及び腰であることが腹立たしかった。
当時は腹立たしさ、もどかしさばかりが先行していたが、その理由は今になってハッキリとするのだ。感情論として寂しいかったのだと言えばそれまでになるし、恋愛感情があったのも事実だ。
決してそれを口にすることは無かったのだが、何より自分と並び立とうとしなかった静音に腹を立てていたのだ。実力が突き抜けている風雅では決してなり得ない存在なのである。
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