第1章 第5部 第19話
次に鋭児が目を覚ましたのは、ベッド横の椅子だった。本来なら自分がぐっすりと就寝するはずのベッド衲衣には、無茶をした千霧が寝ている。
「試合前のアップしとかないとな」
鋭児は千霧の側から離れ、体を解しながら、部屋の外へと出る。
普通闘士ともなれば、其れ其れの衣装などもあるが、鋭児は完全に普段着である。
しかも、鋭児の両腕には、飛散する鳳凰の羽根が描かれているため、この時期でも長袖のシャツを着用している。学校でもジャージの上着を羽織っている。
しかし服の袖は昨日の煌壮の攻撃で切り裂かれてしまっている。
「あ~~……」
鋭児は、今さらながらにその事に気が尽き、両腕を少しだけ見回す。
「まぁ……大丈夫だろうな」
腕に文様がある程度なら、余り気にすることもないはずだと鋭児は思う。ただ、今後は何かしら着替えの一つでもあった方がよいとは思うのだった。
鋭児が闘技場内に入ると、控え室に入る。
基本的に、闘士同士が顔を合わせるのは、戦いが始まる舞台の上となる。
本来なら事前に説明されているであろうルールは、控え室の前で鋭児を待っていた黒服のスタッフに渡されることとなる。
急遽煌壮の代わりに出場になったため、そのような計らいとなったのだ。
「えっと……試合は十分一ラウンド制……、相手に過度の障害を負わせることを禁ず……って、どのレベルだよ……」
鋭児はとりあえず続きを読む。
「ああ……」
一つは、相手を死に至らしめてはならない、もう一つは部位欠損に至るような攻撃を加えてはならない。戦闘不能に陥った相手に対する追撃を禁ずる事も書いており、決着が付かない場合は、審判による判定になることも記載されてる。
昨夜は、技名を口にしていたが、それに関しては特に要項として盛り込まれて折らず、発する必要は無いが、エンターテイメントでもあるため、観客にたいするアピールとなるということになるらしい。
「あんまり、良い趣味って感じでもないな……」
極端に言えば、刺激に飢えた金持ちの道楽に、能力者達の派手な戦いを見せつける事が、使われているということである。
焔は守銭奴でもないし、特に名誉欲のある方ではない。炎皇の地位にいるのも一光との約束があるからだろう。そして、それを引き継ぎ渡すということが、彼女の一つの願いでもある。
そして、ただ渡すというのでは無く、宙に浮いてしまった自分のようには絶対にさせないという、強い思いを持っている。
真っ直ぐで猪突猛進な焔は、何かのために戦いが駆け引きに使われるのではなく、純粋に自分の力を楽しみたいのは、鋭児にも理解出来るところではあった。
学校の中で飛び抜けてしまっている焔と戦える存在は学園内にも少なく、態々大学部から、高校生の焔の所まで顔を出す者もない。
炎皇という存在を十分知っている彼等は、態々顔を出すことはないのだ。それは年長としてのプライドが許さない。
公式戦としての校外試合は、初めての経験の鋭児であるが、余り緊張は無かった。焔は先ほど顔を見ている。だから一応満足はしているのだ。
あとは、なぜ中々連絡が付かないかという理由などだが、それはこの試合全てを熟すことで、見えてくる気がする鋭児だった。
それは、焔の言っていたボーナスステージというものに、関係するのだろう。
「まぁ要するに、全部なぎ倒してこいっていう。アンタの命令なんだろ?」
鋭児は体を解しはじめるのだった。
第一試合は、磨熊光潤という、重吾を一回り大きくしたような、名前の字面にあるように、まるで隈のような体躯を誇った男と、庵野祭という、細身の女性である。
二人とも外見的にはなにか変化のあるようなタイプでは無かったが、、磨熊が道着を着ているのに対して、庵野は巫女服を着ており、目の下に黒く墨を入れている。
いや、流石に女子の目の下に、くまのような属性やけと言うわけではないだろうと鋭児は思う。巫女服を着ているが、彼女からは清廉な雰囲気はなく、どちらかというと、陰鬱なイメージを感じる。
それは彼女の目の下のくまが、そう印象づけているのだろう。
試合開始の合図がなされると、庵野がまず磨熊の両足に、地面から黒い手を伸ばし、彼の先攻を阻止し、一気に間合いを広げる。
磨熊はすかさず、地面に拳を打ち込み、その黒い手を消滅させる。
この黒い手というのは、闇の術者にとっては、割とスタンダードな技であるようだ。
闇の術者は、属性の中で、尤も呪術的な立ち位置に有り、それは晃平が施した、鼬鼠への刻印もそうだ。
実際術者との距離と関係なく、こうして拘束可能な手段を持つ相手との戦闘は、中々厄介なのだが、どうや磨熊という男は、それを余り苦にしないようだ。
というよりも、庵野の手の内を知っているという感じである。
事実、自分の攻撃を次々に相殺していく磨熊に対して、嫌な顔をしながら戦闘をしている。「束縛呪糸!」
だが、次の瞬間自分に突進してきた磨熊に対して、床から飛び出した幾重もの紐が、磨熊の体に絡みつき、庵野の直前で、彼の体を縛り上げてしまう。
彼は庵野の眼前に拳を突き出した状態で、一ミリも動けない状態となってしまう。
そして、庵野は左腕を目一杯に握り込み、そこに気を集中させる。
「なるほどな。影印にしたって訳か。本来これだけ力のある糸なら、それ相応の印が必要だからな!」
体躯に恵まれた磨熊は、その自分の進撃を止めてしまうほどの力を持った糸の力に感心してしまう。
「後は、アンタの力を封じて終わりよ!」
次に庵野が、右手で磨熊の鳩尾に、刻印してしまえばよいという算段だった。
「甘い!!」
次に磨熊が、気を一気に放出すると、それだけで彼を束縛していた庵野の糸がはじけ飛んでしまうのだった。
それはまるで、マッチョな肉体を誇るボディービルダーがTシャツを、その筋力で破いてしまうかのようであった。
事実磨熊は隆々とした二句手対で、それを弾き飛ばしている。
尤もそこには、大量の気が込められており、彼の体は、灼熱のように紅く輝いている。
「
彼はそう叫ぶと、かっ攫うようにして、右手で庵野の体をなぎ払ってしまう。
庵野はあっという間に場外へと飛ばされてしまうが、壁に激突する瞬間に術を発動し、それをクッションにして、壁との激突を避け、そのまま場外の床に落ちるのだった。
「お前なら、そうすると思ってたよ!」
「ほんと、怪力バカ!!お前なんか大嫌いだ!」
場外から負け惜しみをいう庵野に対して、磨熊は豪快に笑い飛ばすのであった。
二人は本当に互いの実力を信用しているようでだ。そんなことがあっても、余り険悪な雰囲気にはなっていない。
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