第1章 第5部 第11話

 鼬鼠が歩き始めると、以前から鼬鼠の側にいる彼の取り巻きが、何度か鋭児を見ながら、鼬鼠について行く。

 「鼬鼠さん……」

 彼等は、入学早々鼬鼠が鋭児を半殺しにした時に、側にいた二人である。

 「ああ?」

 「あ……いや」

 彼等は鼬鼠と鋭児が思うより、近い距離で喋っている事が、不思議でならなかったのだ。鋭児が東雲家に籍を置くようになった事そのものは、聞き及んでいる事実なのだが、それにしても鼬鼠の性格からすると、だからといって黒野鋭児と距離を縮めるとは、考え辛かったのだ。

 それは非常に事務的なものだと彼等は思っていた。

 どう見ても、鼬鼠が鋭児を気に入っているようにしか見えなかったのだ。

 それを決定づけたのが、今の一言である。

 「解散だっつってんだろ」

 「あ……ハイ……」

 鼬鼠は一人で歩き始める。鼬鼠がそう言うのだから、彼等も鼬鼠から離れずにはいられなかった。

 「なんで、あんな奴らと連んでんだかな」

 鼬鼠は、ボソリと呟く。確かに二人は同じクラスでも上位に位置していて、力量そのものは問題無いのだ。

 抑も一組に入っている時点で、実力者なのだが、鼬鼠はどうしても鋭児の鳳輪脚を思い出してしまうのだ。

 体術を得意とする炎の術者であるからこその技なのだが、実に優美な技だった。

 鼬鼠は、別に技の優美さに関心を持ったのではなく、それだけの術を繰り出せる鋭児の潜在能力に舌を巻いたのだ。それにあの性格である。何より蛇草が気に入っている。

 鼬鼠は、シスコンではないが、蛇草が見初めるということは、それほどの意味を持つのである。

 いや、鼬鼠も気がついている。どれだけ打ちのめされようとも、仲間の為に、粘り強く立ち上がる鋭児には、勇気づけられる何かがある。最後は、過保護なまでに鋭児を守ろうとした焔を黙らせたほどだ。

 そして美逆との一件。正直悪くなかった。鼬鼠はそう思っている。

 しかし、同時にそう思える自分が面白くなかった。

 

 鋭児は、着替えを終え、汗を流した後に、鼬鼠の部屋に訪れる。

 二年筆頭の鼬鼠ではあるが、彼は皇座についているわけではなく、扱いは一般生徒と変わらない。であるから、部屋もワンルームであるのだが、なんというか――。

 「なんか、イメージ通りっていうか。デスメタル……すね」

 壁に掛けられているタペストリーやポスターなど、まさにそれ系のバンドのものである。

 サブスクリプションが逸る中、CDラックにも、そんな感じのものがズラリと並んだり、アクセサリーも、シルバーで作られた、スカルボーンのものが、適当にテレビ台やデスクの上に、適当の転がされており、部屋の色は総じて黒だ。

 ヘッドフォンなども、恐らく普通に十数万するであろうと思われる、確りとした作りのものが、ベッドの上に乱雑に転がされている。

 「文句あんのかよ……」

 「いや……」

 鼬鼠は、適当な炭酸ドリンクの缶を床に置き、自分はベッドに腰掛け同じように炭酸ジュースのプルタブを引く。

 可成り強めに、気が抜ける音がすることから、その濃度は可成りのモノだと思われた。

 要するに鋭児にそこに座れと、言いたいらしい。

 「う……わ、なんすかコレ……」

 「気合い入るだろうがよ」

 味はコークとさほど変わらないが、炭酸の量が半端ではなかったのだ。

 「まぁテメェの頼みをあの姉貴が断るわきゃねーが、余り姉貴をいいように使うんじゃねーぞ?」

 「スンマセン」

 これに対しては鋭児も素直に謝るしかなかったのだ。

 蛇草が優しい事を鋭児は知っているし、自分をかわいがってくれている事も十分離化している。その上での頼み事であるが故に、後ろめたく無いわけがないのだ。

 それでも焔のことが気になっており、伝手はそれしかないと思ったのだ。

 「言えよ……惚気聞いてやっからよ」

 鼬鼠は、鋭児が一口飲むのに苦労を強いられる炭酸ジュースをいとも簡単に、ぐいっと一口飲み干す。

 「あ……ああ」

 政か鼬鼠がと思った鋭児だが、要するにこういうことらしい。

 「なんか、あの人らしくなくってよ。確かに向こうへ行ったのは、呼ばれたってことかもしれねぇけど。幾ら闘士がバトル中の連絡が取りづらいっても、なんかこう……胸騒ぎってか」

 鋭児にもよく分からないのだが、兎に角焔だからという根拠のない安心感がないのである。どうしようも無い胸騒ぎがしてならないのだ。

 ただし、鼬鼠には、赤羽の件に関しては言えない。あくまでも彼女と不知火家の用事ということで離すしかない。

 鼬鼠は、無言でそれをただ聞いている。ここまで素直に話されてしまうと、本当に掛ける言葉が無くなってしまうのだ。

 毒を吐く気にもなれなくなり、少し溜息をつく。

 「鼬鼠さん……」

 「あん?」

 「ぶっちゃけ。オレ鼬鼠さんとこ行って何するんすか?護衛とかなんとか……」

 「ああ……」

 確かにそう言う話もしなくてはならないが、それは契約書にも書いていることだ。ただ要人警護等と、酷く濁された言葉でしか書かれていない。

 書かれていないが要人警護となれば、SPなどのイメージであるが、報道されている限り能力者達が表立って何かをしている様子はない。

 となれば、表だって言えないのだろうし、実際鋭児がこの学校に入るまでは、解らないことだった。そう言う人間達が何をするのか?である。

 焔は闘士になるといっていた。闘士とはつまり、リングや舞台の上で戦う仕事だ。総合格闘技などの試合もそういうものだが、恐らくそれよりももっと過激なものなのだろうと察しが付く。

 「お前も美逆のアレ見ただろ?ウチはわりかし、霞様で纏まっちゃいるが、新さんは、美逆を認めちゃいねぇ。あの人は純血主義だからな」

 六家というものは、そもそも遙か昔から裏社会で暗躍していた其れ其れの家である。

 能力者と呼ばれる、言わば肉弾戦のプロ集団であるが、それも飛び道具の発達していない時代の話で、今は時世が違う。

 それでも、裏側で綱を引き合っているのが彼等の世界で、実は六家に反感を持っている家も多いのだ。

 「まぁ暗黙のルールでよ。ガキのウチは、家柄だの家計だのと、特別な人間扱いで、それでも何となく聞き及んで。察知はするが口止めされて、それでも何となく示し合わせて、テメェみたいなヤツは先に引き抜かれるって訳だな」

 それが美逆の件でもあったというわけだ。鋭児を引き当てたのは、言わば鼬鼠の大金星ということになる。

 「二年になれば、多分なんかしら、やんだろ。修学旅行とかよ……」

 鋭児はある意味なるほどと思った。つまりそう言う名称の現実が自分達に突きつけられるのだということだ。

 その時、鼬鼠の電話がなる。

 「ああ。姉貴?ああ……。はあ!?」

 鼬鼠が素っ頓狂な声を出す。

 「バカじゃねぇのか!ああ、解った解った。伝えとく、良いから切るぜ!」

 といって、鼬鼠はスマートフォンを耳から遠ざけて、通話を終了させるのであった。

 「ヘリで一時間語に来るってよ。ここに迎えの車よこすから、それに乗って学園の空港に来いってよ。テメェ一人でな」

 「う……うっす」

 鼬鼠の言い方で、張り切っている葉草の姿が目に浮かぶ鋭児であった。

 「っと、でも今夜、囲炉裏ちゃんの対緋口センパイ戦が……」

 勿論迷っているわけではない。ただ、最後まで面倒を見切れないのが心残りなのである。

 「茶番なんぞほっとけボケ!オラ!いけ!」

 鼬鼠は野良犬を追い払うような手つきで、鋭児を追い出しに掛かるのであった。

 確かに茶番と言えばそうなってしまう。どう考えても囲炉裏が緋口に勝てるはずもないのだ。ただそれでも、囲炉裏がどれだけ自分を示せるのかというところに、この勝負は掛かっている。

 鋭児は流れ上緋口の方に加担することになったが、囲炉裏が上手く周りを取り込める事を祈るばかりであった。

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