第1章 第4部 第23話

 時は少し流れる。

 

 それは、お盆帰省の当日である。

 鋭児も焔も吹雪も、帰省用の荷物を纏めて、三度目になる鋭児宅に向かう。バスに揺られ電車に揺られ、早朝から数時間かけて帰るのだ。

 駅前では、秋仁が車待っていてくれていた。秋仁は鋭児の叔父である。特に歩いて戻れない距離ではないのだが、彼なりの気遣いなのだろう。

 鋭児の家にまだ戻って来ると、そこには美箏が掃除をして待ってくれていた。秋仁はというと、車だけの送り迎えらしい。

 余り気に掛けすぎると、鋭児の方が気を遣うと言うことは、彼がよく知っていることだった。ただでさえ美箏が気を遣っているというのに、自分までそうしてしまうと、息苦しくなってしまう。

 鋭児宅の所有権については、現在蛇草に―――というより、東雲家にある。そしてその売却金は、鋭児と秋仁達とで当分されることになった。

 その流れは、美箏も十分に理解しており、心苦しいのだ。結局それが自分の学費となってしまうのだから、鋭児に対しては本当に申し訳ない限りなのである。

 美箏が気を遣っていることは、鋭児も理解しており、美箏の複雑そうな表情を見ると、何を話して良いか解らなくなったが、彼女の方を見て、目を細め微笑むのだった。

 美箏は横を通り過ぎる鋭児の表情に唇を噛みしめ、胸元で両手をギュッと結ぶのだった。

 

 鋭児が部屋に戻り荷物を適当に置くと同時に、ちゃっかりと着いてきた焔が鋭児をベッドに押し倒す。

 「この前は吹雪に取られちまったからよ」

 この時を待っていたとばかりに、目を潤ませながら、鋭児の上に馬乗りになり、彼に対して覚悟を決めるように促す。

 「焔さん……」

 鋭児は、ギラつきこそしないが、焔にこうされてしまうと、逆らうに逆らえない。そのことは焔自身も十分知っている。

 鋭児を押さえ込んだまま、じっくりと鋭児の反応を待っているのだ。ある意味意地悪な我慢比べとも言える。

 「夕べ結構頑張ったつもりだけど……」

 鋭児は顔を赤くしたまま、顔を横に抜けて視線を逸らす。

 「んなの、予行演習だろ?」

 「予行演習……って……」

 鋭児を組み敷いた焔は、呼吸を早め、ただ熱い視線を送り続けている。

 「日頃の成果をよ、ばっちり見せてもらうぜ」

 焔は確かに炎の術者ならではの、力強さで鋭児を完全に組み敷いてしまっている。基礎的な筋力では、勿論鋭児の方が上回っているのだが、彼としては、なにも日常まで能力に頼ろうとは思っていないし、本気というのも大人げない。何より、それでは本当に拒絶しているように思われるし、行為としては、今か夜かとそれくらいの違いしかない。

 何より、組み敷いている焔の本気度が半端ではないのだ。唇の艶も、瞳の潤み具合も、完全にその瞬間を待ち望んでいた。

 

 その物音が、居間にいる吹雪と美箏に伝わるまで、それほど時間は掛からなかった。

 前回は吹雪だったが、今回は焔である。この三人の関係は、可成りオトナなのだということは、美箏も知っているが、やはり自分達は高校生であり、まだまだ責任の取れない立場なのである。

 責任の取れないその関係は、当然不道徳極まりないのだが、行為そのもので男女がどうなるのかくらいは、知識の上で理解しているつもりであり、それを想像してしまうと、赤面した挙げ句、頭脳がショートしてしまいそうになる。

 男女のいけない絡み合いは、鋭児の雑誌で拝見している。

 「焔に、先こされちゃった」

 吹雪は、愛らしくニコリと笑っているが、内容は全く愛らしくない。相思相愛の二股など前代未聞である。

 「ふ、不潔です!」

 美箏は、懸命に聞かぬふりをしているが、床のきしみは否応なく彼女の耳に入ってしまう。

 それでも、ここを離れないのは、今日はここで、彼等と夕食を取ろうと思っていたからだ。

 特に鋭児には、何かの形でこの家に関することを、一つでも多く返していきたいと思っていたのだ。

 「吹雪さんは、平気なんですか?鋭児君の事……好きなんですよね?」

 美箏としては、焔より吹雪にその権利を勝ち取って欲しいと思っている。それで別に、焔を貶めたいわけではないのだが、鋭児の事を考えると、家事全般が出来る吹雪の方が、絶対的に必要な存在だと、美箏には思えたのだ。

 「好き。大好き」

 今度は、吹雪がモジモジとして、意味深にそう答える。

 顔の赤らめ方や、恥じらい方などから察するに、此方も可成りいけない妄想に浸っているようであるが、そんな吹雪は、中々憎めないのだ。

 ただ、他人から見ると、少々何かの処方箋が必要に思えるほどの、過剰な恥じらいであり、美箏としては、彼女が現実に戻って来るのを待つしかなかった。

 「でも、私は、私と焔を大事にしてくれる鋭児クンが好きなの。焔もきっとそう思ってる。ひょっとしたら、どちらかを選ぶ時が来るのかもだけど、それまではあげられるもの、全部あげちゃいたいなって……」

 可成りの事を知り尽くしてしまっている吹雪が、色っぽく視線を逸らしながら、鋭児の温もりを反芻しつつ、美箏の疑問に答える。

 美箏は、そんな吹雪を直視することが出来なくなってしまうわけだが、確かにこんな二人に鋭児が支えられているのだということは、前回思い知らされた訳で、それをダメだと自分に言う権利などないと、美箏は思ってしまっている。

 どこか諦めきっていたような、冷めた鋭児の視線は、上ではなく、絶えず下を斜めに見下げているような感じだった。

 関心という言葉から、完全に視線をそらせてしまっていたのだ。本当に心を押し殺してしまっていたといっていい。その関を切った出来事が、一月半ほど前のこの家の出来事なのだ。

 自分は結局、この家の財産を奪うだけになってしまったのだと思うと、美箏は罪悪感に苛まれてしまい、しゅんと俯いてしまうのである。

 「鋭児クンの相手は、焔に任せておいて、晩ご飯の買い出しに行きましょうか」

 先ほどまでとは一転して、ニコリと微笑む吹雪のそれは、本当に天女のように品があり、涼やかで美しいものだった。

 一分の隙もないというよりは、非情に隙が多く、無防備なところが、心を擽ってしまう。女性同士でも思わず、頬が赤くなってしまう美箏だった。

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