第1章 第4部 第15話

 返事は、不知火老人の回答待ちとなるため、新は颯を連れ、その場を去るのだった。

 「ったく……吹雪さんも、止めてくんねぇと……」

 「だって。無理だもん。鋭児君だって解るでしょ?」

 「そうっすけど……」

 焔との付き合いの長い吹雪なだけに、焔が不知火老人をごり押しでねじ伏せる事くらいは知っているし、不知火老人も焔には甘い。結果は見えているのだが、それでも筋は通すべきだと思ったのだ。

 「彼は強いです。今の黒野さんと良い勝負をされるでしょうね」

 「俺とっすか?じゃぁ焔サンが負けるってことはねぇけど……」

 「あ?鋭児くらい強えなら、気は抜けねぇな。見知った相手じゃねぇ分。ひっくり返される可能性もなくもねぇが、勝負はそうでなきゃよ!」

 焔は、シャドウをし始める。

 本当なら、直ぐにでも不知火老人に電話をかけるところなのだが、手元に電話がないため、少し体を解す事に決めた。

 「私は、日向さんの実力は知りませんが、お二人は、互角ですか?」

 そう言うと、鋭児は首を横に振る。そして、諦めたように笑っているのだ。それは、未だ焔の実力に比べれば、自分は劣っているということを言いたかったのだ。

 「バカヤロウ。もうソコソコ良い勝負するだろうよ。正直意地でも負けたって言わねぇだけだし、いってやらねぇよ」

 それが焔の回答である。鋭児にとってそれは嬉しい回答ではあるのだが、矢張り最後の詰めで焔に勝てないのは事実である。もしそれが意地の差分であるなら、確かに鋭児は焔に勝つと言うことに対して、それほど執着をしていないといえる。

 「鋭児、ちょっと付き合ってくれよ」

 「解ったよ。俺も焔サンが、他の奴とガチでやるの見てみてぇし」

 鋭児は、彼女が負けることなど考えてもいないし、千霧から見ても、恐らくそうなのだろうと思う。颯は若手の有望株ではあるが、それでも学園内において、炎皇の地位に座るほどの彼女は、それより頭一つ高い地位におり、実力は折り紙付きである。

 「風の使い手である私の方がシミュレーションになるのでは?」

 千霧は別に焔に肩入れをするつもりは無かった。手合わせついでに、日向焔という人物の実力を試して見たかったのだ。

 勿論それを颯にどうこうするつもりはなく、純粋に千霧の気持ちである。

 「ありがてぇがいいや。折角の初顔合わせだ。もったいねぇよ」

 焔はウキウキとしながら、鋭児と組み手を行う。そして、組み手中心で、技を出したりはしない。基本的に鋭児とこうして、拳を交わすだけでも、随分なウォームアップになるのだ。

 「これは当分終わらない……かな」

 吹雪は、二人のウキウキとした様子を見てそう思う。二人の会話は言葉よりも拳の方が似つかわしい。吹雪はそう思い、砂浜に腰を掛ける。彼等の会話が終わるのを、そこで黙って見ているつもりである。

 「未知数の相手と戦うことに、心を浮かれさせるのは、闘士の本質ですね」

 「二人とも、あまり喋るのは得意じゃないですから。特に焔は、ボキャブラリーに乏しいですし……」

 吹雪は、いつも通りの涼やかでシットリとした笑みを浮かべながら、そんな二人の様子をうかがいながら、千霧に答えるのだった。

 「聞こえてんぞ!」

 焔は、視線は鋭児に集中しながらも、耳の方はしっかりと吹雪の声を捕らえていた。吹雪はそれほど大きな声で喋っていたわけではないのだが、気を活性化するというのは、五感に対しても、影響を与える。

 鋭児が弾丸を素手で掴むなどは、その最たる証である。二人は、そんな感じで、しばらくの間拳を交えているのだった。

 少々待ちくたびれた吹雪であるが、二人がそんな風に楽しげな様子で、拳を交えている光景は、満更でもないのだ。

 親友である焔に、そう言う理解者が増えることは、望ましいことなのである。残念ながら自分と鋭児では、そんな乱暴な会話は似合わないのである。

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