第1章 第4部 第12話

 鋭児達は各の部屋に戻るのだが―――。

 「霞のオッサンは、蛇女にご執心みたいだなぁ」

 と、鋭児のベッドの上に、軽く飛び込むようにして俯せになり、リラックスする焔がいた。

 「……だから、俺の部屋なんだけど?」

 「嫌か?」

 「……いや……」

 其処には単に照れがあるだけなのだ。

 「コホン……」

 咳払いをしたのは吹雪であり、それは彼女の自己主張である。

 鋭児は、ため息交じりにクスリと笑いながら、自らもベッドの上に腰を掛ける。すると、その横を当然のように、ニコリとした吹雪が腰を掛ける。

 「けがらわしい……か」

 焔がぽつりと、その一言を呟く。それは、間違い無く新が去り際に残した一言に他ならない。そして、誰に向けられた一言なのかは、十分に理解出来る。

 それが、新が持つ視点なのである。

 「まぁ……六家は純血主義だし、能力者は飽くまで彼らを守るタメの駒……だからね」

 吹雪は、さもそれが当然かのように言ってみせるが、別に本人もそれに納得しているわけではない。

 「っていっても、別に差別してるわけじゃないぜ。いや、差別なんだけどよ。なんつうか……な。解るだろ?」

 「まぁ……貴族同士のあれこれって、意味なんだろ?俺等パンピーにゃ、縁遠いもんだと思ってたけど……。目の当たりにすると、なんか釈然としねぇな」

 焔が少し庇いながら話すのは、不知火老人の事があるからだ。彼も焔に養子縁組を薦めている。だが、それに対してどれだけの視線が自分に集まり向けられるのかと考えると、それだけでゾッとする。ましてや血染めの焔などと渾名される自分だ。怒りにまかせて、気に入らない連中を片っ端から、殴り飛ばしたくなる衝動に駆られかねない。そうなると、不知火老人の恩を仇で返す事になる。

 仮にも学園内で育ってきた焔や吹雪は、力関係などについては、察するところなのだが、一方鋭児は、今まで普通の生活をしてきた。世の中の幸不幸くらいは理解しているが、特権階級の思考というものは、それほど多く理解しているわけではない。

 憮然とした表情のまま、目の当たりの空気だけをぼんやり見つめている。

 その理由としては、自分が踏み込んだ世界は、そう言う世界だったからだ。

 「まぁ確かに、お姉様は行き過ぎです。現代社会にそぐいません!」

 そういって力説しながら、鋭児の空いているもう片方に腰を掛けたのは、更である。

 

 いつ?何故?彼女がこの場にいるのか?鋭児も焔も吹雪も、目が点になってしまう。

 「何か?」

 そんな三人に投げかけられた更の言葉は、そんな言葉だった。

 「えっと……」

 反応することが出来ない鋭児と焔の代わりに、吹雪が漸くそれに反応する。

 「三人一部屋にはいるってことは、君たちお姉さんがびっくりするような、関係?」

 ワクワクした表情で、自分の期待通りの答えを返してくれると信じている更だった。

 一面では、彼女の期待した答えを返すことになるかも知れないが、彼女が求めている過激な答えになるわけではない。

 その瞬間だった。

 一人の女性が、鋭児達の部屋に許可無く入ったと思うと、更の首根っこを引っつかみ、部屋を出て行くのだった。その女性とは誰なのか?というと、新なのであるが、許可無く入ってくるという点では、二人とも似たり寄ったりだ。ただ、その理由は、随分異なってはいたが―――。

 こればかりは、双子の感というやつなのだろう。新には、更の行動が手に取るように解るらしい。

 

 「嵐だな……」

 

 焔にして、そう言わしめるのだから、東雲姉妹は、相反する外面とは違い、思うよりも騒々しいようだ。ということは、新にも更と同じ個性が隠れていると言うことになる。

 そんな彼女が、何故に差別的なまでに、能力者に対して嫌悪感を持っているのか?というのは、恐らく天野美逆の出生にその理由があるに違いない。

 ただ、それを詮索するには、焔は、あまりに遠い関係性だ。言うまでも無く、吹雪もそれを理解している。

 「もっかい、シャワー浴びてくるわ」

 焔が、身軽にベッドから起き上がると、当たり前のように、シャワーに向かう。

 「んじゃ、鋭児くんは、私の部屋で、一緒にシャワーあびちゃおっか」

 吹雪は屈託のない笑みで、真横に座っている鋭児に向かって言う。

 流石に鋭児は、顔を赤くする。勿論吹雪の素肌は幾度も見ているわけだし、そう言うシチュエーションが無かったわけではない。

 ただ、灯りの中にさらけ出された互いを見せ合うというのは、流石に慣れないし、あまりに美しい吹雪の素肌を想像しただけで、心拍数が上がってしまうのだ。

 勿論コレばかりは、焔に言われても気恥ずかしくなってしまう。何も吹雪だけに抱く特別な感情ではない。

 唯一異なる所は、オープンな焔に対して、羞恥を感じながら、見つめ上げる吹雪の視線が、あまりに生々しいという所だ。

 「ふふ。鋭児くん照れてる」

 「吹雪さんだって、顔赤いっすよ」

 そしてそのまま見つめ合ったまま、言葉が出なくなってしまう鋭児だった。

 「バッキャロウ。時間くれてやってんだから、とっとと始めちまえっての……」

 シャワーを浴びながら、ボソリと呟く焔だった。

 

 結局この後、いつまでもシャワーを浴びているわけにはいかない焔が顔を出して、この日はこのまま、三人でベッドを分ける事となる。

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