第1章 第3部 第21話

 鋭児は、晃平の技が完成するまえに、宙に六芒星を描き、それを殴り飛ばし、鳥形の炎を生み出す。。

 それはまるで、宙を切り裂く一羽の燕のように、晃平が描いていた星の一部と円の一部を切り裂いてゆく。

 それでも、晃平は構わず。崩れかけた六芒星の内側を蹴り飛ばし、火の鳥を放つ。

 そして、それは鋭児に直撃し、彼をグランドに叩き着けるのだが、鋭児は一度背を叩き着けると同時に、ダメージもそこそこにすぐさま立ち上がり。

 つま先でグランドに六芒星を描き、円で囲み、右足で跳ね上げると、円が宙に浮かび、最後にその内側を蹴り飛ばす。

 これは焔が使う双龍牙の基本形である、龍牙という技である。

 単純だが、完成された星と円から放たれる、高出力の技は、空中の晃平を捉え、彼に十分なダメージを与える。

 ただし、地面に背中を叩き着けられた鋭児にも、ダメージはあり、着地した晃平と、一度にらみ合うことになる。

 晃平の算段では、グランドに叩き着けられた鋭児に出来る隙を狙い、ラッシュをかけるはずだったのだが、鋭児のタフさ加減は流石といえた。

 そのとき、鋭児の両手に点る炎の揺らぎが少し変わる。それは当人も自覚していた。簡単な話である。集中力の問題だ。鋭児は意識して力を使わなければ、それを維持することが出来ないのだ。

 よって、彼の集中力が弱まり始めると、どうしても継続的な力の捻出は不可能となってくる。

 晃平はその隙を見逃さない。

 力に揺らぎがあると言うことは、同時に鋭児に与えている身体的なアドバンテージも失われる事に繋がるからだ。

 常人よりも遙かに速い動きを見せる事は、それでも可能であるが、力を十分に発動している晃平の動きに反応出来るほどの早さではない。

 単純ではあるが、晃平は鋭児に連打を浴びせる。ガードの内外問わず、当てられる部分全てといった感じだ。なりふり構わないようにも見えるが、彼はそれが勝負所だと捉えたのだ。

 そして、その予想通り、鋭児は隙だらけのガードをするのが背一杯であり、防戦一方になってしまう。

 動きを止めた瞬間。それが勝敗を決する瞬間であることは、周囲から見ても歴然としていた。

 

 鋭児がダメージで動けなくなるか、晃平がスタミナを切らせて動きを止めるか?

 

 誰もが固唾を呑んで勝敗の行方を見守っていた。

 その勝敗の行方に、クラスなどの域は無く、勝負以上の気迫に、息を呑まずに居られなくなっている。

 次の瞬間晃平が、鋭児との距離を空ける。

 鋭児は動けない。

 この瞬間こそ、晃平が待っていた状況である。

 誰もが晃平の勝ちを確信し、その準備はすぐに整う。

 鋭児は反撃すら出来ない状況である。

 晃平は肩で息を切らせながら、目の前にぐるりと大きな円を描き、その中に六芒星を描く。丁寧で力の隠った炎の陣である。

 「虎襲拳咬牙」

 静かに名を口にした晃平は、まるで獣の牙のように上下に向かい合わせた両手を、円の中に通し、一気に鋭児との間合いを詰め、彼の腹部に一撃を決める。

 最高の一撃であると、誰もが確信し、そして鋭児は、くの字になりながら、数メートル後方へと突き飛ばされる。

 鋭児は、内蔵が食い千切られたような痛みが走り、気を失いそうになる。だが、膝はつかなかった。

 全員の確信が疑問に転じた瞬間。鋭児は確かに晃平をにらみつけた。

 気迫のこもった、気力を振り絞った眼光である。

 「この技の欠点つったら、ホントこれだよな……」

 鋭児が息苦しそうにぽつりと呟く。

 「ああ……」

 晃平は理解していたらしい。

 誰もが晃平の勝利を確信した瞬間でも、晃平はそれをそうと思っていなかったのだ。其処には更なる伏線がある事を、彼は読んでいた。

 そして、鋭児の眼前から、螺旋状に渦巻きながら、晃平へと向かって一気に伸びる。

 「けど、この炎の螺旋を貫くのは、お前じゃ無いよ」

 そう言って晃平が構える。

 鋭児は、炎の螺旋を晃平に向かって描いたまでは良いが、未だ動けずにいる。

 「いくらお前が優秀でも、風を併用した技なら、俺の方に歩がある」

 そう言って晃平は、両掌を前面に向け、両腕を交差させる。指先は相手を引き裂く鳳凰の爪のように、鋭児に向けられた。

 「襲凰拳!」

 晃平が、一気に鋭児との間を詰める。

 彼は、鋭児の技を奪ったのだ。ただ、螺旋を圧縮する襲凰拳は、非常に強い瞬発力を擁するために、術者には相当な負担が掛かる。。

 つまり、鋭児より各個の力が劣る晃平が使う分には、重たすぎる技なのだ。それを理解していない晃平では無いが、鋭児が動けないと判断し、それが勝機だと確信したのだ。



 

 しかし、それこそが当に晃平の致命的なミスだったのだ。晃平は鋭児に対するある事実を見落としていたからだ。

 鋭児の掌にある紋様が、羽根であることは、理解していた。

 しかし両掌に刻まれている羽根のみが、鋭児の力の向上と捉えるならば、それはあまりに釣り合わない力だ。それだけでは補助的すぎるのである。

 鋭児が、まだまだ底知れない力を秘めているということを理解していても、襲凰拳は鳳輪脚とは違い、それほど多くの段取りを踏んでいる訳では無い。

 唯一の段取りと言えば、螺旋を描きながら、下がるという非常にリスキーな動作のみである。

 そのミスは、明らかに晃平にある一つの焦りから生み出されたもだった。

 鋭児の襲凰拳を奪うという発想そのものは、当に意外性であるに他ならなかったが、反発力に殺された晃平の力は、炎の能力者としてあまりに鈍重なものに成り下がってしまった。

 そしてそれが、鋭児を立ち上がらせる時間を与え、カウンターを仕掛ける余地を与える。

 「もらった!」

 鋭児は、不安定な立ち上がりとは裏腹に、迫る晃平に向かい、一気に飛びかかる。

 晃平が殺されたのは、なにも前進する力だけではない。前進することに、全力を使っていたがために、横へと回避する余裕も失っていたのだ。

 もしこれが彼自身の描いた螺旋ならば、これほどまでに動きを鈍らされることも無かったのだろう。それを確信していたのは、技を仕掛けた鋭児と、外野から二人の戦いを見守る蛇草くらいなものだった。

 経験値の高い見物人の大半は、三年生の試合を重視しており、一年同士の戦いにしては、あまりに出来すぎたこの駆け引きを知るのは、あまりに小数だった。

 鋭児は晃平に突進すると同時に、右腰で左右の手首を交差させ、その両手を一気に突き出し、両掌に貯めた気を、螺旋を力尽くで押し切れない晃平のガードの上から、一気に打ち込む。

 高出力の炎の力を至近距離で受けた晃平は、たまらず吹き飛び、受け身も取れないまま、無様に倒れ込む。

 同時に、鋭児から発火した炎が彼のジャージに引火する。

 それは、彼が両腕に巻いていた包帯もそうだが、あまりに激しい炎が、彼の衣類を焼き尽くしているのだ。

 同時に、それは力を完全に制御し切れていない鋭児の未熟さも意味している。

 力を制しきれず、本来両掌にだけ集中すべき力が、全身に漏れ出てしまったのだ。というより、彼の上半身に刻まれている印から、吹きこぼれてしまったと言った方が、より正確なのだろう。

 炎の能力者にとって、衣類が燃えている程度の炎は、熱にすらならない。

 鋭児は平然と晃平を見下ろしている。ただ、放置して置いて良いわけもなく、どこからともなく、鋭児に向かって、バケツ数杯の水が浴びせかけられる。

 「まずいわね……」

 そう呟いた蛇草が、そそくさと鋭児の側に駆け寄り、自分の羽織っていたジャケットを彼の肩にそっとかける。

 審判をしていた教員は、本来、勝ちを宣言する前に、選手である生徒の体に触れた蛇草と、触れられた鋭児は、注意を受け失格となるはずなのだが、彼は何も言わなかった。

 勿論晃平の負けは、火を見るより明らかなのだが、それでも本来のルールはそうなのだ。

 だが、それを出来ない理由があった。

 勿論、それは鋭児の背中に刻まれた鳳凰の刻印を見てしまったからに他ならないのだが、他の生徒から見れば、不自然な光景でもある。

 「しょ!勝者、黒野鋭児!」

 教諭は、慌てて鋭児の勝利を宣言する。

 それは、生徒からクレームが上がるほんの一瞬前の事だった。

 ただ、いくら蛇草が庇ったところで、教諭以外にも、鋭児の背中にある鳳凰を目にした生徒は何人もいる。赤く炎の中燃えさかる鋭児の背中に、一つ黒くくっきりと浮かぶその痣があったのだ。

 「まだ!まだだ!俺はまだやれるぞ!!」

 晃平は宣言を聞いたまだその後でも、自分のタフネスを訴えるが、鋭児の一撃は、彼に相当なダメージを与えており、ようやく蹌踉けながら、立ち上がるのが精一杯だった。

 「言えよ!お前何か隠してるだろう!」

 鋭児は、晃平が妙に必死だった事を今になって思い出したかのように口にする。

 晃平の焦りが、それをより明確に鋭児に悟らせたのだ。

 しかし、それを予想に周囲が騒めく。

 「鳥だ。黒野の奴……鳥の痣が背中にあったぞ」

 数人がひそひそとそれを確信に繋げるために、声に漏らし始めるのだった。

 彼らの騒めきは、まさか最下位クラスに属する彼が、紋様持ちである筈が無いという固定観念から生まれる、疑念からのものだった。

 当に我が目を疑うという心境だったのだ。

 「一年Fクラスの決勝は終わりだ!全員速やかに解散せよ!」

 教員が、彼らの雑談を終わらせるべく、解散宣言をするが、そんなものはさほど意味はない。後ほど食堂に集まり、話しを付き合わせれば良いだけの事なのだ。ただ、この場で話しが広がるのは、まずいと思ったのだ。一度解散させないと、噂話と静かな確信であればよいものが、津波のように激しい波紋となって広がり、その余波は予想以上に外へと広がる可能性があったからだ。

 「黒野鋭児……お前は一体何者なんだ……」

 と、教諭は、学生達が離散した後、鋭児に向かってボソリと呟いた。

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