第1章 第3部 第13話
鋭児が向かったのは、食堂である。それは冷静になる意味もある。
そしてなにげに考えて居ることがある。
あれが一年F1のトップであるなら、矢張り晃平の方が相当手強いと想うのだ。
襲凰拳が決まれば鳳輪脚も決まる。ただ、襲凰拳が来ると理解されていれば、晃平は間違い無く襲凰拳を潰しにくるだろう。発動前に、相手が空刻を済ませてしまえば、逆に技を利用されるのが、襲凰拳の欠点であり、どちらにしても、相手の隙を突かなければならない。
全ては必殺技の鳳輪脚を決めるための繋ぎでしかない。
カウンターを受けつつ、技を練るのは、容易ではない。態と隙を作らなければならないし、上手く相手の力も削がなければならない。課題は山積みだ。
「やっぱ、俺も鼬鼠の蛇咬拳みたいな、技必要だよな……」
鋭児は掌を見る。鋭児の両掌には、一枚ずつ羽がある。
鋭児の両腕には、抜け落ち舞う鳳凰の羽が、連なって痣になっている。それが当に鋭児の覚醒の証なのだが、両掌にもそれがあることで、鋭児は重吾の掌にあった印を思い出す。
重吾の場合は、技を使うためにいれた入れ墨であるが、鋭児のは天然のものである。
「使えるかもしれねぇな……」
羽は、印ではないが、力の象徴でもある。
今頃は、焔も吹雪も順調に一回戦を勝ち抜いているだろう。いや寧ろ一番危ないのは自分であり、頂点を極める彼女達には、ウォームアップにもならないだろう。
「お前さん派手じゃのう……」
話しかけてきたのは不知火老人である。彼がここに来ている理由は、蛇草と同じ理由で、人材の発掘である。生徒達が大学を出るまでにミッションを与えるのもまた彼等である。ただ彼らだけとも限らないのだが……。
「爺さん……焔サンのとこじゃないんすか?」
「焔ちゃんにお前さんを見て行けと言われての。まぁ蛇草ちゃんの手つきのようだが……」
鋭児を繁々と見つめながら、怠惰に座っている鋭児の有り様を見る。
普段は無関心な様子で、周囲をぼうっと見ているような鋭児だし、実際今も、不知火老人と視線を合わせたのは一度だけで、それ以外はぼうっとテーブルばかりを見つめている。
「良いのかよ。色々見回らないで……」
「なぁに、儂は娯楽じゃよ。本業は蛇草ちゃんのように、御庭番頭がちゃんとこなしとるよ」
「なるほどね……」
食堂には殆ど人が居ない。
そもそも、こんな時間に食堂で時間を潰しているのは鋭児くらいで、誰もが勝負の行方を見守っている。
抑も、六家の当主に声をかけられると言うことは、それだけで名誉であり、見初められたに等しい事なのだが、何も知らない鋭児は平然としている。
こういう態度は、学園外で育った生徒には、珍しくないのだが、鋭児は特に無関心そうである。
「ああいう、技は闘士向きなんじゃがのう……」
そう言うと、不知火老人は鋭児の横に腰を掛ける。
「闘士?」
「ウム。蛇草ちゃんの探しているのは、戦士や衛士じゃ。御庭番の……な」
「なんすか?闘士って……」
「世間で言う、相撲取りみたいなもんじゃ」
と不知火老人は簡単に言ってのける。ただ言いたいことは解る。要するに一対一で戦い勝負をつけるということだ。当然そこには観客もいて、報酬もある。
「焔ちゃんは、将来儂のとこの闘士になるんじゃが……」
「はは。焔サンらしいや」
鋭児は、少し乾いた笑いをする。だがさらりとしている。考えるよりも先に口が動き本当にそう思ってしまったのだ。
「俺は欠陥品だから、そう言うのには向かねぇかな」
鋭児は、普段下ろしている、右の前髪を持ち上げて、削げ落ちている額を不知火老人に見せる。何とも酷い傷である。
確かに欠陥品といってしまえばそうなってしまうかもしれない。不特定多数と戦う戦士と違い、闘士は何度も同じ相手と戦う事になる。
そんな相手に、鋭児のようなはっきりとした古傷を持つ者は、非常に不利といってよい。
しかし、その傷も治癒できないわけでは無い。
「儂が、良い治療師を紹介してやってもよいぞ?」
「悪いけど。俺は、戦うのが好きって訳じゃねぇから。多分そういうのには向かねぇし、やらなきゃなんねぇから、やってるって感じだ」
「なるほど……のう」
不知火老人は、顎髭を撫でながら、少し考える。少なくとも、鋭児は焔と同じ道を進む気はないようだ。
敢えて蛇草と契約をするのか?などとは聞かない。元々不知火老人には、それほど大きい問題ではないのである。焔が気に入っている人間なら、手元に置ければ尚彼女の支えになると思ったからこその行動で、いわば親心だ。
加えて先ほどの技の大きさは、確かな存在感がある。鋭児自身は非常に、ぼそぼそとした感じなのだから、なおインパクトがある。
「鋭児ー!」
食堂中に響き渡ったのは、焔の声である。そして鋭児を見つけると、嬉しそうに走ってくるのだ。
「爺さんいたのかよ!」
「……ご挨拶じゃのう。お前さんが見に来いというたんじゃろうが……」
「おう。で、鋭児お前初戦ど派手にやらかしたらしいじゃねーか!」
どうやら、焔はそれが嬉しそうだ。恋人であり愛弟子でありと、そんな感情がわかりやすいほど、焔の顔を賑やかにしている。
「まぁ、切り札一つ出しちまったって感じだけどよ」
「まぁいいじゃねぇか。勝たねぇと、先はねぇんだからよ」
「そうなんだけどよ。なんか……先回りされた感じがしてよ。釈然としねーっつーか……」
元々陽気な振る舞いはしないほうだが、それでもいつも以上に面白くなさそうにしているのは、心に引っかかりがあるからだ。
鋭児の不服そうな表情に焔もつい吊られる。
「まぁ、お前のフィニッシュブローが鳳輪脚なんだから、ある意味警戒されるってのは、当たり前なんだけどな。けど、それさえ封じてしまえばって思われるお前が悪い」
しかし、中々手厳しい一言を添える焔だった。仮にも自分の後釜だと信じている鋭児が、フィニッシュブロー頼りの、厚みの無い男では困るのだ。
そう言われると、ムスっとする鋭児だった。
今までの戦い方は、いわばその一戦さえ凌いでしまえばよいという戦い方だったし、授業中の対戦においても、一つ一つ勝つために、一々配分や加減など考えてはいなかった。
勿論対戦中の配分は考えていたのだが、それでもその対戦中だけのことであり、相手もまたそうだったのだ。
一日空くとは言え、日々万全を期すと考えると、消耗しきるわけにはいかないし、気分で対戦相手を変える訳にもいかない。色々考えすぎてしまうのである。
「ばっかヤロウ。お前が一位下したってことは、次出てくるのは鉄板で三位じゃねーか。一位の奴が鉄壁の防御で負けたなら、それ以下の奴は普通為す術がねぇってもんだろう?」
焔の言いたいことは、だいたい理解している。勿論その通りなのだろうが、それでも鋭児は、考え込んでいる。
「まぁ……ネタでしか勝てねぇようじゃ……正直この先攻略されるのがオチってもんだけどな」
鋭児自身自分のキャパシティというものが、戦いを左右しているのであって、根本的な技術で、差をつけた訳では無いと言うことを、思い知った。
彼自身あまり納得のゆく勝ち方では無かったのだが、それでもそれがこの学園の一面であることは間違い無いのだ。
そして、晃平が踏みとどまっている所は、当にそういうところであり、力に勝る技術を作ろうとしているのである。
鋭児が利用した裏技などは、当にそれに当たる。
何とも贅沢悩みだ。焔はそう思った。確かに鋭児の言うことは正論である。しかし、入学してたった二ヶ月の彼がそれを言えてしまうことそのものが、すでに才能なのである。
技術は身につけることは出来るが、ポテンシャルやキャパシティなどというものは、底上げするにも限界があるのだ。
「お前は自分がどんだけすごい技使ってんのか、ちっとも理解してねぇな」
もっと自信を持っても良いものだと、焔は思った。確かに過信では困るのだが、鳳輪脚は派手なだけの技ではなく、非常に繊細にコントロールされた体の動きがあって、初めて成せる技なのであると言いたいのだ。
それだけのコントロールが出来ると言うことは、後は様々な経験で、彼はいくらでも強くなれる。そして順位を上げれば、挑むだけではなく、挑まれる側になる。
それは必然的に、自分のタイミングで戦えないと言うことに繋がり、相手は必ず自分を攻略しにかかってくる。
それを凌いで行く事で、自ずと自力は上がるというものだ。
「あの派手な技は、そんなにすごいのかの?」
勿論鳳輪脚が並みの技でないことは、不知火老人も解っているが、彼は能力者では無く、不知火家の当主である。
あくまでも関わっているのは、政治的な部分であり、戦いは専門では無い。
「まぁ、爺さんに言っても……だけど。空中で逆さになって、静止した僅かな時間に五つの輪を同時に描いて、その中に星を描くんだぜ。どんだけのボディコントロールなんだよって。廉価版なら俺に出来るだろうけどよ……まぁ間違い無くあれは、鋭児のための技だよ」
「お前さんが考えたのか?」
不知火老人は鋭児の方を向く。
「いや、考えたのは晃平って俺のダチだ。厚木晃平……」
「厚木?厚木家の小倅か」
「ああ……」
「いやまて、お前さん最下位クラスじゃろ。なんで厚木の小倅が、四組なんじゃ。今年はそんなにレベルが高いのか?それとも……」
どうやら、不知火老人は、晃平がF4である事を知らなかったようだ。
晃平は抑も、厚木家の筆頭ではないしそれほど注目されるほどの存在ではなく、炎の使い手としてはあまりに異能であり、家柄を示す能力者として、不相応な人間であるため、不知火老人の耳に届くほどの存在では無かったのだ。
ただ、「厚木」という家系は代々不知火家に使えているため、晃平が炎の能力者であることから、その想像は難くなかった。
「ってか、『厚木』に『晃平』ってくりゃ、もう……鉄板じゃねぇか」
焔は、椅子に凭れながら、少し天井を仰ぐようにして、結論を述べるようにして、そう言うのだった。
「フム……」
不知火老人は、よく手入れされた長い顎髭を撫でながら、少し感慨深く俯くのであった。
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