第1章 第2部 第19話

 結局事なきを得た―――という結果になる。

 そんな状況に、ホッとした美箏を含めて、一息ついていたのだが、残念ながらそろそろ滞在時間に区切りをつけなければならない。十分に外出許可を取ってはいるが、正直、あまり長居をしすぎると、出づらくなってしまうというのが、鋭児の本音だった。

 焔としては納得がいかなかったが、それは鋭児が決めることだ。ただ、此処がなくなるということは、鋭児が戻るべき場所はもうないということだ。

 そんな気持ちを抑えることが出来ず、焔はムスッとふくれっ面をしながらも、鋭児の腕をギュッと引き寄せ、彼の腕に絡む。

 相変わらずTシャツ一枚の、焔の弾むような弾力を持ったバストが、鋭児の腕に押し当てられるのだった。

 「♪~」

 と、吹雪も空いている腕に絡みつき、まさに両手に花といった状態である。

 そうしている間に、地元の駅へと着く。残念ながら秋仁は見送りには来ないらしい。

 「それじゃ。荷物をそこの住所に送っておくね」

 「ああ……頼む」

 すっかり持ち直した美箏と鋭児が、少し名残惜しそうに寂しげな笑みを交わす。

 折角久しぶりに会えたというのに、その時間が終わってしまうということもあるが、それ以上に、あの家が鋭児の手元から離れ、彼の物ではなくなってしまうということに、物悲しさを感じずにはいられなかったのだ。。

 その時だった。

 「ね……姉さん……」

 一人よろよろと男が近づいてくる

 それは、天野美逆と連んでいた琢馬という男である。何があったのか、顔に青あざを作り、腕を押さえている。

 どうやら、吹雪を頼ってきたらしいというか、都合が良すぎる。

 「どうしたの?」

 彼らも一応能力使いである、その彼らがやられると言うことは、少なくとも一般人ではない。同じ能力者か、あるいはそれに対抗する手段を用いた連中だという事になり、恐らく美逆が警戒していた敵対組織の事なのだろう。

 「此処にくれば、本家の守衛が来るって!まさか姉さん達だったんですか!」

 意味が分からない。ただ、傷ついた彼は必死になって此処で待っていたのだろう。吹雪の両袖を掴み、縋るように見上げる。

 「あん?」

 焔は全く理解出来ていないが、鋭児と吹雪は理解している。美箏には何のことか全く解らないが、チンピラ風の男が、吹雪を頼っていることと、彼女の事を慕った呼び方をしていることに、警戒する。

 「ちょ!私の方が年下なんですからね!」

 「でも、姉さん!」

 彼らは、吹雪の強さを目の当たりにしている。彼女が実力者だという事を十分に認識しているのだ。

 「焔さん、コイツ昨日の……」

 と、鋭児がそこまで口にすると。

 「ああ……」

 焔はすぐに納得する。吹雪はともかく鋭児がこうして無傷で帰ってきている状況で、きっとそれほど大きなもめ事もなく、解決したのだろうと言うことも理解している。

 「本家って……何の話?」

 「ち……違うんすか!姉さんじゃないんすか!」

 「えっと……」

 必死な彼に、吹雪はすっかり困ってしまう。

 

 「あーダリィ。超ウゼェ……」

 唐突だが、聞き慣れた声が駅の改札口をくぐり抜けてくる。気怠そうで無責任、多少破壊衝動の入り交じった、危険な声だ。

 「あん?」

 彼は、簾のように長い前髪の間から鋭児達を見つける。

 「……」

 鋭児は言葉も出ない。

 それは、鼬鼠である。服装は思った以上にカジュアルだ。似合わないようで似合うようで、思ったより普通なのだが、やはり彼の水色の頭髪が非常に目立つ。

 服装は普通なのだが、物腰、視線、全てにおいて、ヤンキーよりも鋭い。

 「なんで、アンタラ此処にいんだ?」

 「鼬鼠……」

 「さん……つけろ、鼬鼠……さんだろうが!」

 「鼬鼠君……」

 「これは、氷皇さん……」

 皮肉一杯の愛想で、ニヤリと笑いながら頭を下げる鼬鼠だった。彼の持つ毒々しい雰囲気は、すぐに美箏にも伝わり、焔が庇うように、美箏を自分の後ろに隠す。焔が自分のために、身体を張ってくれたのが、解る瞬間でもあった。

 鋭児は鼬鼠に対して、全ての神経を注いでいるため、とてもではないが、美箏を庇う精神的な余裕などないのだ。

 鼬鼠は挨拶もソコソコに、周囲を見渡す。

 どうやら自分達など眼中にないといった様子である。

 「クソ……美逆の野郎」

 その言葉に、鋭児と吹雪、そして琢馬が鼬鼠に注目する。

 「んだよ黒野。やる気か?」

 鼬鼠としてはリベンジをしなくてはならないし、反抗的な鋭児の視線が気にくわない。だが、相手をしている様子もないという、中途半端な状態で、電話に出ない相手にいらついている。

 「アンタの言ってる本家の人間て……まさか……」

 鋭児のそれに、琢馬は首を横に振る。琢馬自身は、それが違うと言うよりも、本家の人間が誰なのか?という事すら理解していない状況だった。ただへたり込んだ状況で、鼬鼠を見つめ上げる。

 当然怪我をした琢馬と鼬鼠の視線が合い、怪我をした彼の状況が普通でないことを、鼬鼠は知る。

 「おいおいおいおい!美逆の野郎どうした!」

 今まで破壊衝動的な殺意を持った気怠い表情から一変して、短気に切れた不良のように、琢馬の襟首を掴み上げ、前後に揺さぶり振る。

 周囲の人間は関わりたくないためか、見て見ぬふりをするが、流石にこの状況は目立ちすぎる。

 「おい鼬鼠」

 鼬鼠を警戒していた状況から、一変して焔が、鼬鼠の肩に手を置き、目配せで周囲の状況を悟るように促す。

 「ああ?ち……解りましたよ炎皇さん」

 そう周囲には事情が分からない一般人ばかりなのである。コレが学園内なら、鼬鼠の素行の悪さも許されるだろうが、このままだと、警察沙汰になり兼ねない。


 彼らは場所を変えることにした。

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