第1章 第1部 第36話

 だが、事態はそんな簡単な事ではなかったようだった。それは、順位戦当日のことだった。

 順位戦は基本として、それぞれ属性ごとの学年内の順位を決める試合を、開発授業中に各自行い、それぞれ点数を稼ぐといった具合だ。戦績順位にもよるが、リスクの高い戦闘を行えばそれだけ、高得点を得られるということになる。

 上位者から下位に対して試合を申し込むことは出来ない。この場合の上位者とは基本的にクラス単位を意味するので、焔や吹雪にも挑戦権はある。決闘の場合とは、少々事情が異なる。

 三年生は順位ごとの属性無差別の混合クラスであるため、二年までの順位付けとは少し状況が変わってくる。尤もそれぞれ属性に対する第一人者の認識は、二年生までのそれと変わりはない。

 怪我がある程度癒えた鋭児も、当然参加する。まずは小手調べと、クラスメート相手に試合を申し込むが、曲がりなりにも鼬鼠を倒した鋭児には、少々物足らない。それに今の鋭児は封術帯をしていない。

 技を放つにも軽い所作で、相当な威力を持っている。経験のある焔が如何に凄いか、また、晃平に力を封じ込められていなかった鼬鼠は、どれほどの物なのだろうと鋭児は改めて思う。

 焔が今の鋭児では鼬鼠に勝てないといった意味が何となくわかる。

 「今の鋭児って、どのくらい?」

 「経験は兎も角として、出力的には八割だって。神村がいってた」

 「八割……か、まだ当たりたくないな……」

 晃平が鋭児と当たりたくないと名言する。

 「チョット、二年F3の所いってみる?」

 「1―F3じゃないのか」

 と、鋭児は晃平に連れて行かれるのだ。下から上に挑む分には、上限はないらしい。理屈から言えば焔や吹雪に決闘を挑むことも可能だが、彼らの常識から考え、第四クラスから第一クラスに試合を申し込むことは、無茶以外何者でもない。

 「鋭児は喧嘩慣れしてるみたいだから、三年の所にいってもオモシロイかもな。いろんな属性の人入り乱れてるし……」

 「ふぅん……」

 鋭児には少しピンと来なかった。晃平に連れられるまま二年のいるグランドまでやってくる。ほかのグランドに動いている連中というのは、比較的上を目指す、そのクラスでは自信のある連中である。一方挑戦を待っている連中は、既に何戦か行った連中か、それほど上を目指す意識のない連中である。

 鼬鼠を倒した鋭児が現れた時点で、彼らはイヤな顔をして少々引き気味になるのだ。其れが今鋭児に向けられている視線である。鼬鼠を倒した実績をひっさげ、一年のくせに態々二年のグランドにまで顔を出すのだから、相当な自信家か、イヤミにしか思えないのは確かだ。

 「クラスを上げるには、最低でも上のクラスの奴を一人倒さないとダメなんだ。条件ていうか入れ替えのための必然かな、実績ってやつ。俺に負けることを考えておいて、二人はいっておいたほうがいいかな」

 晃平はある意味相当な自信を感じさせる発言をする。半ば挑発と感じられないでもないが、双方四組であるため、互いに挑戦権がある。

 「なるほど……ね」

 晃平は説明ばかりで、あまり戦う様子を見せない。実は戦績が多いほど有利になるのだが、なぜ鼬鼠にF2クラスと言われる実力を持つ晃平がF4に甘んじているのか、不思議なところだ。晃平は故意に沢山の試合を避けている気がする。

 鋭児は、その場にいる二年七名に試合を挑み、ほぼ圧勝を収める。一人五分とかからないのだ。通常は力が拮抗している相手を狙うため、それなりに集中力もスタミナも使うので、一日にそれだけの試合をすることもほぼない。

 「ま、焔さんに拳当てられるお前じゃ、物足らない……か」

 「実感…………ねぇな。強くなった実感つうのは、あるけど、自分が強いっつー実感……てか、ピンとこねぇ」

 「ま、この調子でいけば、来学期俺とお前は、別のクラスだな」

 晃平はさらっとしている。だが、鋭児は閉口した。人にばかりステップアップを奨めておいて、自分は四組に残るつもりなのだ。少々気に入らない鋭児は、憮然とし、晃平はそれに気がついて、クスリと笑った。

 「三年のグランド覗いて上がろうぜ、多分焔さんは、横綱のように動かないだろうから」

 と、晃平は次に焔がいる場所へと案内してくれる。



 焔がいる場所というのは、F組三年のグランドである。三年は混合属性ではあるが、三年F組筆頭である焔の居場所は、そこしかないのだ。他の生徒のようには動き回らずそこにいる。

 焔はいた、だが様子が違うのだ。焔の周りには三十人近くの生徒が居るのである。

 三年生と一、二年生との大きな違いは、それぞれの属性同士だけではなく、他の属性の生徒も相手にしなくてはならないことだ。試合数が尋常ではないのである。こなさなければならない試合数は、一、二年の倍の三十試合。その殆どが既に焔の周りを囲んでいる。

 「なんだあれ……」

 鋭児は明らかに違和感を覚えた。しかも戦い方がおかしい。焔が右足を引きずっている。

 「黒野か……」

 と、黒野を呼び捨てにしてやってきたのは、鼬鼠戦の時に焔の傍らにいた男で、応援団を感じさせる、ガッチリとした体格の、角刈りの髪型をした男である。何となく見覚えはある。

 「吾壁だ。吾壁重吾あかべじゅうご……焔さんと同期の……」

 「ああ、顔は見覚えある。焔さん……」

 鋭児は途端に焔のことが心配になる。

 「あれくらいで負ける焔さんじゃないが、加減をしながら試合を続けるのは難しいだろうな」

 「なんで、加減なんか……」

 「…………」

 吾壁は答えない。手加減をしなければならない理由がそこにあるのだ。吹雪とやっているときや、自分に稽古をつけているときに比べ、遙かにデリケートな戦い方をしている。

 「加減していることを良いことに、最初の五人ほどが集中的に焔さんの脚を狙ったんだ」

 「だから、何で加減なんかしなきゃ……」

 と口を開いた瞬間。鋭児は一週間前に受けた忠告の中で、クラスメイトが半数が病院送りになったという話を思い出す。吹雪がいなければ、どうなっていたか解らないような口調でもあった。

 「あそこで囲んでいる全員、焔さん狙いですか?」

 と晃平が確信を突くと、重吾は頷く。

 「三年だけじゃない。二年の上位も来てる……」

 なぜ、三年だけでなく、二年までなのかは解らないが、明らかにそれは派閥じみている。焔がそう言う派閥を作るタイプではないのは、必然としてわかる事実だ。よって、当然焔を助ける手合いが少ないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る